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苺ジャム
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「そういや、トマト好きになったんだな。」
朝食に壮琉が選んだのは牛乳と、トマト丸ごと一個と食パン一枚で、また例のごとくぼたぼたと汁をこぼしながら美味しそうに食べている。風太は向かい側から腕を伸ばし、無言のままハンドタオルで汁まみれの顔を拭った、こうなるだろうと用意しておいたのだ。
「んー?トマトはずっと好きだよ。野菜も果物もすっごく好き。」
「でも、確か野菜は苦手なの多かったろ。トマトもだったけど、他にはピーマンとか人参とかさ。」
トマトを咀嚼する動きが一瞬だけ止まる、再びもごもごしながら頷いた。
「うん、そうだったね。」
何だか違和感を感じる。しかし、風太はそんなに壮琉の事に詳しい訳でもない。一緒に過ごしたのは、実質四日にも満たない短い間だ。その後、野菜が好きになったのかもしれない。現に、風太もピーマンを平気で食べれる様になっている。
すっかりトマトを平らげた壮琉は、自分の右手をぺろぺろと舐めている。風太はハンドタオルを再び差し出した。何だか父親の様な気持ちになる…が、これは言わねばならない。
「なあ壮琉。仕事も家もないって言ってたけど、今日はここを出ろよ?俺も月曜から仕事だしさ、掃除とか買い物とか、とにかく今日はやるべき事もあるし。日曜日は一日中、一人でゆっくりとしてたいんだ。」
言外にこれ以上の宿泊はお断りと匂わせる。壮琉は風太を凝視した後、長い睫毛を伏せた。しゅんとしている雰囲気を感じ、風太に落ち度は無いはずなのに何だか居心地が悪い。逃げ道を探し、あ、と冷蔵庫の中に置かれたままの物に思い当たった。
「そういや苺ジャムあるけど、食う?」
「いちご!うん、うん!食べたいっ。」
ミルクティー色の睫毛が上がる。ぱあっと顔が輝く。風太が冷蔵庫へ向かうのを追い、そわそわと後をついて一緒に覗き込んで来る。ほら、と取り出した瓶を渡せば、
「いちご!いちご!」
瓶を掲げて底の方から中身を見て喜んでいる。ぷっ、風太は思わず吹き出した。これでは、小学五年生の頃よりもよっぽど幼い。あの横柄さはどこへ行ったのか。
「ふふふ、」
壮琉は喜びの声を漏らしながらいそいそとテーブルの前に座り、蓋を開けようとして顔をしかめた。瓶を押さえる左手にうまく力が入らない様で、つるりつるりと蓋を回す方向へ瓶も付いて回る。
「んー、」
困った様な顔をして、苺ジャムを残念そうに見た。でも、風太に開けてくれとは頼まず何も塗っていない食パンに齧り付く。
「ジャム塗らないのか、」
うん、と頷いてまたパンを食べる。
「開けようか、」
そう問えば、上目で風太を見てううんと首を振る。
「大丈夫、これを食べたら家を出るね。」
さっきの風太の発言を気にして迷惑をかけまいとしているのが伝わった。牛乳を飲み、またパンを食べる、先ほどトマトを食べていた時よりもペースが速い。仏心、そんな高尚なものではないが、少し胸を突かれる。
「…行くあてとか、あるのか?」
言ってしまった、やっちまった。なんて後悔するのは、壮琉の顔が風太の言動に期待をはらんでいるからだ。
「ううん。頼れるの風太だけ。」
あーあ即答だし…せめて少し考える素振りとかしてくれよ、と思うがもうしょうがないだろう。風太はため息混じりに声を絞り出した。
「取り敢えず、…しばらくは泊めてやる。でも、なるべく早く仕事を見付けるとか、彼女のうちに行くとか、もしくは実家に帰るとか、身の振り方を考えろよ。」
ついでに手を伸ばし、苺ジャムの蓋を開けてやる。
「うん。」
カラーコンタクトなのか、紅茶色の瞳は美しい透明度で光る。壮琉があまりに綺麗に微笑むので、風太はしばらくの約束が長引きそうな予感がした。果たして、この自立とは縁遠そうな、容姿の良い男の仕事がまともであったとは思えない。この微笑みにたぶらかされた被害者は、せつ、きく、そして風太…いやもっと他にもいるのかもしれなかった。
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