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兄
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タクシーは高速道路を法定速度を守りながら進む。菊嘉は窓の外を流れる風景の単調さに飽き、隣を真似て目を閉じた。もちろん、アルバーニと二人で楽しく会話するつもりはない。
兄の行方を思う。別に異母兄弟だからといって仲が悪い訳ではない。世間の常識とは違うだろうが、むしろ良好過ぎるほどに良好だ。せっかく仕込んでおいた左手のマイクロチップも外されている現状では、万が一の事故や身代金目的などの誘拐の可能性を考えると落ち着かないものは仕方ないだろう。
そもそも、菊嘉が兄を監視下に起きたいのには理由がある。
彼の幼い頃に、どうやってなのかは分からないが屋敷内に紛れ込む一匹の犬がいた。柔らかな淡い茶色の毛並みで、変な鳴き声の変な犬種だった。たまにしか会えなかったが、菊嘉に懐いた事もあって一緒に風呂に入りブラッシングし共に寝てと、秋吉公認の元それはそれは可愛がった。彼は肉親の愛を受けた憶えが無く、秋吉という血の繋がりもない男性だけが心の支えだった。だからこそ、その犬は彼にとって初めて庇護の対象となり、安らぎと肉親の愛に近いものを感じさせてくれる存在になった。
しかし、その犬はやがて来なくなり、散々待ちくたびれた彼は悲しみに暮れた。
菊ちゃん、どうしたの?
広いリビングのソファーにうずくまる彼に声をかけたのは、広大な敷地内の別棟で療養中の兄だった。今まであまり親しく話した事もなく、同じ敷地なのに見舞いに行った事もない。兄弟だとの自覚は乏しい相手だ。それでも、この時は自分の悲しみを誰かに分かって欲しかった。
犬がいなくなった。一緒におふろに入ったり、寝たりしてたのに。
そっかー…それはとってもさみしいね。でも俺がいるでしょ。大丈夫。これからは一緒にお風呂に入るし一緒に寝る。菊ちゃんは、その犬の代わりに俺のお世話をたくさんしてね。
ぎゅ、と抱きしめられる。自分より大きな手のひらや体は温かく、あの犬に似た色のふわふわの髪が頬をくすぐる。この時の菊嘉は七歳、幼い彼には六歳年上の兄はとても頼もしく見えた。が、それが気のせいだったと気付くのにも、それほど時間はかからなかった。半年経つ頃には、この兄の頭のネジが少し緩んでいる気がしてきたし、自分とは違う感性の持ち主だとしみじみ思った。しかし、愛すべき性格と容姿なのは揺るぎようもない。
僕がしっかりしないと!兄さんも雪も、ちゃんと守るんだ!
この決意のもと、菊嘉の自立への道は急速に開けた。この頃から雪を秋吉と姓で呼び、なるべく甘えない様にと頑張る一方で相変わらず兄の面倒も良く見た。
菊ちゃん、外に遊びに行ってもいい?
だめ、秋吉もそう行ってたでしょ。
えー?もう大人だよ。雪ちゃんは、大人になったらいいって言ったのに!
…兄さん、十五歳は大人じゃないよ。だからだめ。
そっかー。まだ大人じゃないのかぁ。残念。
うん、残念だね。
そう言ったのに、その一時間後には行方不明になった兄。菊嘉を連れた秋吉が車を走らせ、幸いにもツーブロック先の緑豊かな公園の芝生の上で、寝そべりながら幸せそうにリンゴを齧っているところを発見した。なんでも親切な婦人が恵んでくれたそうで、彼はご機嫌だった。
「ちっ、あの駄犬め。」
過去を振り返り、小さく舌打ちする。可愛さ余って憎さ百倍。死なない程度に痛い目をみて、少しは世間の恐ろしさを知ればいいとも思う。
あの行方不明事件の後、極小のマイクロチップを兄の左手に入れたのは菊嘉だ。あの時の秋吉に兄の行方がどうして分かったのかは謎だ、もしかしたら秋吉もまた、空露兄弟に対して何らかの防犯対策の仕掛けをしているのかもしれない。
だからこそ思うのだ、今回の日本での兄の逃走劇は秋吉が認めたものだろう、だったら最悪の事態は起きない筈だと。
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