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日本支社
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Mum Inc.の日本支社は、別荘と同じ県内にある、エムユーエム株式会社の看板を掲げた清潔感のある白い建物だ。三人はタクシーから降り、ある意味ゲリラ訪問とも言える形で建物内へ入った。毎度のことながら菊嘉の意向により出迎えは頼んでいないし、訪問日時も告げていなかった。慌てる受け付けの女性に日本支社の社長との面会を取り付けてもらい、案内されるままに応接室へ通される。
『ボス、顔が怖いですよ。せっかく日本茶を用意してくれたんですから、女性には笑顔で対応して下さい。はい、スマーイル。』
うるさい、と隣に座る笑顔の秘書を睨む。人数分のお茶を置いた女性社員が、これまた毎度のことながらアルバーニと秋吉に見惚れ、はにかみながら退室する。間も無く中年の男性が二人やって来た。菊嘉としては、自分よりずっと年上の社長や副社長と会って、貴方の上役ですと大きな顔をしたいとも思ってないし、そんな事をしても心の中で若造めと貶されるのがオチだ。早く研究室へ行きたいと、イライラする気持ちを抑え大人しくソファーに座っている。それというのも、今から社内を自由勝手に動き回りますよ、と先に一言断るのが大人の対応なのだと以前秋吉が言ったのだから仕方ない。
「話は事前に通してあると思うが、しばらくの間ここの研究室を使う。」
社長と副社長の両名に挨拶代わりの握手と共にそう宣言し、早々に菊嘉は秋吉を伴い席を立つ。後はこの有能な秘書が上手くフォローする筈だ、その為の秘書だと決めつけている。アルバーニも心得た対応で、ボスの言葉足らずと無愛想さを巧みな話術と身振りで包む。
秋吉が空露博士不在の穴を埋めていたMum Inc.の取締役を菊嘉が引き継ぎ二年。アメリカ本社のオフィサーは、空露博士存命の時に他社から引き抜きした女性が変わらず続けてくれている。空露博士がそうだった様に、アメリカの某大学卒業後も派遣研究員として大学へ顔を出し、自社の研究室にも関わる菊嘉が、会社経営を気にせず存分に研究へ没頭出来るのは彼女の手腕のおかげだ。そうする事で新しい商品が生まれ、会社に利益を得る事が出来るプラスのサイクルを描く。
「先日話していた件だが、試作品は?」
「はい、こちらにサンプルがあります。」
研究室へ入り、早速研究モードに突入した菊嘉に伴い、秋吉も日本支社の研究チームの話に加わる。今回は、社名でもある菊の殺菌作用に着目し、数種類の漢方を合わせ東洋医学の発想を基にした、肌のトラブルを抱える若い世代向けの基礎化粧品の試作品数種類を検討する予定だ。わざわざ来日してまでこの研究室に出向いたのは、このアイデアが日本支社のもので菊嘉の興味を惹いたからだ。
チームの作った試作品の実験データと実物をチェックする、それぞれが意見を述べ合い、更なる改善の余地などを考える…気が付けばすっかり時間が経っていた。
「菊嘉様、お疲れ様でした。とても有意義な意見を聴けましたね。」
「そうだな。うん…出来れば、もっと色んな漢方の資料が欲しいな。」
菊嘉が下唇を親指でたわませて、最後の方は独り言の様に呟く。考え事をしてる時の癖が出ている。彼の脳内で、ここで知った漢方の名前と効能が、ずらずらとスクロールされているのだろう。何を組み合わせ、どう作用させるのか、興味が尽きないようだ。
「それなら別荘の地下室に、菊善さんが集めた漢方の本がありましたよ。しばらくホテルでお待ちください、これから取ってきます。タクシーで往復すれば二時間ほどで戻れますから。」
秋吉が何気なく口にした、きくよし。そこに反応し菊嘉の眉がピクリと動く。父親の名前をさん付けで、今も呼び慣れたように自然に言う様が気に入らない。あ、と秋吉の表情が一瞬固まる。内心でしまったと思っているのが菊嘉にも伝わり、更に苛立つ。生前の父親と秋吉の関係を考慮すれば仕方ない事だとは解っている、しかし嫉妬は止めるのが難しい。素直にホテルで待つ気が失せた。
「いや、僕も行く。思えば地下室に行った事がなかった。研究に役立つ資料があるようだな、中を見てみたい。」
秋吉が躊躇う間が空き、
「…なるべく急ぎますから、ホテルに居てください。明日も仕事があります、ゆっくりとお休みになって欲しいんです。」
ふん、と菊嘉がその言葉に鼻を鳴らす。まだ納得していなさそうな表情で、探るように秋吉を見る。いつもなら菊嘉の言葉に応じる筈が珍しく渋っている。
『ああ、ボス!もう、廊下で立ち話とか何やってんですか!社長と副社長を待たせてますよ。美味しい寿司屋を予約してくれてるんですって、すっぽかしは無しですから!ほら、セツも。』
早口の英語でアルバーニが急かす。秘書を伴った社長と副社長が玄関先で待ち、その傍らにタクシーが二台停車している。どうするのかと、秋吉が菊嘉の顔を窺う。
『アルバーニ、もう一台タクシーを呼べ。秋吉は同席出来ない、今から別荘へ資料を取りに行く。…秋吉、必ず二時間で戻って来い。別荘へ着いたら連絡し、出る時も連絡しろ。』
今回は菊嘉が大人しく引く。ここでごねて、日本支社の重役に子供だと思われたくないのと、別荘へなら幾らでも後で行く事が出来るからだ。秋吉に、地下室へ長く留まるのを禁じる為の命令を下す。そこに何があるにせよ、菊嘉に見られたくない物が存在するのなら、その隠蔽をさせるつもりはない。
『はい。』
秋吉が素直に頷く。ここで命令に逆らっても無駄だろう。屋敷内には至る所に監視カメラがある、菊嘉はリアルタイムでその映像を見る事が出来るのだから資料以外の物を持ち出す等、窓の無い地下室では難しい話だ。それに、秋吉には地下室にしまわれ続けているものを隠すつもりもない。いつかは、菊嘉をそこへ案内するべきだと思うからだ。ただ出来れば、それはもっと先であって欲しい。
『ああ!せっかくの本場の寿司なのに、セツが側に居ないなんて。美味しいものをより美味しく食べたかったよ。』
アルバーニが眉を八の字にする。彼にとって食事とは、味は勿論だが、誰と食べるかが一番の重要事項なのだ。
『すみませんルーカ。明日の仕事に必要な資料なので。』
タクシーの手配をしぶしぶ終えたアルバーニの背中を押し、菊嘉はタクシーの後部座席へ滑り込む。秋吉を残し、二台のタクシーが寿司屋へ向け発車した。その後に到着したタクシーへ乗り込んだ秋吉はスマホを取り出し、今から出発しますと頼まれてもいないのに菊嘉へメールした。その口元へ微かに笑みが浮かんだ。
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