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ホテル
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朝食の席で何も口にせずぼんやりとしている秋吉を見て、菊嘉は白皿に上品に盛られた海老と野菜のゼリー寄せを食べる手を止め、眉をひそめた。
元々朝が弱く、秋吉の体は繊細に出来ている。菊嘉の兄と同じ肉や魚に対するアレルギー体質もあり、食生活には注意が必要だ。昨晩の夕食の席に同席しなかった事を、アルバーニはしきりに残念がっていたが、寿司屋では彼の食べれる物は殆ど無かっただろう。
「食べないのか?」
問い掛け、特別に頼んで作らせたフルーツスープへ目をやる。二人が同じ部屋に宿泊する事を、例えそれがスイートルームの広い空間だとしても、アルバーニはいい顔をしなかったが、さすがに自分も同じ部屋にとは言わなかった。なので今は二人きり、ルームサービスでの朝食だ。
「…ええ、…いいえ。」
「それは…食べるって言ってるのか、食べないのか。どっちだ。」
秋吉の為にカーテンを閉め切っている部屋は薄暗い、白い睫毛が数度瞬き、瞳の焦点がようやく菊嘉に合う。今は眼鏡を外しているので、赤い紅茶色の瞳が良く見える。
「ああ…もうお腹一杯なので、」
「いや、一口も食べてないだろう。」
呆れて返せば、秋吉がゆっくりとスプーンを手に取った。最近は特に食が細い。菊嘉から見てあの無駄に明るい兄が居れば、食卓も賑やかでもっと食が進むのかもしれないが、不在の今はその効果を期待出来ない。
緩慢な動作で、やっと口へ運ぶ。小さくカットされたフルーツを咀嚼するのも億劫という感じを受け、菊嘉は更に眉をしかめた。
「ところで、昨晩は何を食べた?僕より先にホテルへ着いていただろう。」
「…昨晩は…そうですね……多分、果物を…。」
「多分?」
菊嘉の声が低くなる。秋吉がはっとして、
「いえ、果物を食べましたよ。」
言い直しても、既に遅い。
「本当は食べていないな。という事は、昨日は昼食でアボガドサラダを食べただけ…。」
「いいえ、クラッカーも食べました。」
「そうだな、クラッカーを二枚。そんなのは食べた内に入らない。最近痩せただろ、」
「そんな事はありませ」
「あるだろ。抱き心地が違うから、バレてるぞ。もういい。今日はここでゆっくりして、とにかくもっと食べろ。」
ビシッと指を差され、睨まれる。元研究員である秋吉が、研究室へ行くのを楽しみにしているのも、研究室のメンバーが彼の参加を望んでいるのも知っているが、菊嘉は強制的に休暇を取らせる事に決めた。
「…はい。」
少し息を吐き、従順に頷く。秋吉が自分の気持ちを中々話さないのも昔からで、体調を崩しても隠してしまうのも昔からだ。それを菊嘉は、距離を置かれているように感じ、自分が子供だから頼りにされていないのだと認識した。
確かに二人の年齢を考えれば年若い父親と息子程の差があり、秋吉は菊嘉とその兄を、肉親程の近さは無いが少しの距離を保ちながらも側で見守り育てて来た。もし父親が存命なら秋吉と自分の関係はどうなっただろう…、とたまに考えてしまうのは仕方ない事なのかもしれない。超えたい壁は既に過去の物で、二度と越える事が出来ない障害物でもある。
「とにかく今は、その一皿を食べ終えろ。体が冷えてるんなら、湯船に湯を張っておく。」
「いえ、大丈夫です。菊嘉様は、私の事など気にせずゆっくり朝食を摂って下さい。」
やんわりと首を振られ、制される。その一歩引いた態度も、今や空露家の主人である菊嘉を立てる態度としては正しくても、やはり気に入らない。子供っぽい行動だとは重々承知で、食べる気を失くしたとフォークを投げれば、サラダの盛られた皿に当たりカランッと音を立てた。
「なあ、食欲がないなら軽く体を動かしたらどうだ。そうすれば少しは腹が減るだろう、相手をしてやる。」
席を立ち、ベッドルームを顎で指す。昨夜は移動の多かった秋吉を気遣い、その行為をしていない。
「…ですが、出社される時間が、」
「ああ、アルバーニには今日の出社は遅くなると伝えておこう。」
さっさとスマホを取り出し、一方的にアルバーニへ用件を言うと返事も聴かずに電源を落とし、テーブルへ置く。
「これでいいだろ。早く来い。」
先に歩き出し、秋吉の柔肌を傷付けない様に腕時計を外してズボンのポケットへ入れる。後ろから席を立つ気配がし、いつものようにきっちりスーツを着用している彼が続く。
菊嘉はベッドルームのドアを開け、相手を招き入れてドアを閉めた。今朝起きた時のまま整えられていない広いベッドの側で、自分と同じくらいの背丈の秋吉を捕まえ、ネクタイのノットへ指をかけて引けば、ぴくっと少しだけ身を引く。
「嫌なのか?」
「…いいえ、」
「なら、早く脱げ。」
「はい。」
返事は従順なのに、やはりまた脱ぐのを躊躇う。それが菊嘉の心に闇を生む。愛しているのに、大切なのに、壊してしまいたい衝動が止まらない。
「ぐずぐずしてると、せっかくの朝食が台無しになるぞ。」
「すみません。」
下を向き、ようやくボタンを外し始める。なのに途中で細い指がシャツを滑り、白い髪がさらりと舞う、ゆっくりとスローモーションのように膝から体が崩れた。
「雪!!」
菊嘉はとっさに昔馴染みの名を呼び、半ば床に蹲る細い身体を辛うじて抱き留めた。
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