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用無しになった包帯を外した樹雨の左手は、薄い跡を一本残しているだけで、風太の記憶に有る傷と同じだとは思えない回復振りだ。
「すっかり治ったな…、」
「うん。もう痛くない。」
腑に落ちないが風太は頷いた、見たままを受け入れ納得するしかないだろう。それに出社前の慌ただしい時間帯、結び終えたネクタイのノットをさっと引き上げ鏡の前で整える。
「この部屋の鍵。もし出掛ける事があれば鍵は忘れずに閉めてくれ。あ、あと、一応お金を渡しとく。」
樹雨の手のひらへ先ずは鍵を乗せ、次に剥き出しのまま二万円を乗せる。樹雨はそのお札へ鼻を近づけ、くんくんと匂いを確かめてから珍しそうに眺めた。
「…まさかとは思うけど、お金の使い方は知ってるよな?」
自分で問い掛けておいて、さすがにそれはないかと笑う。全く現金を使った事がないなど、低年齢の子供か、余程の金持ちくらいしか脳に浮かばない。
「うん…雪ちゃんが教えてくれたけど。でも日本のお金は初めて触った。」
「ん?」
日本のお金は…、の発言に引っかかる。
「えーと…ごめん。日本のは初めてなら、いつもは何処の国の金を持ってる訳?」
「ステイツの。でも殆どカード払いだから、現金はあんまり持った事もないんだ。それに一人で出歩かないし。」
「ステイツって、アメリカ?いやいやまさか、…まさか…普段はアメリカに住んでんの?」
半信半疑。しかし樹雨の外見は、今更ながら、ハーフと言われれば納得のものだ。透き通る白肌も、紅茶色の瞳も、ミルクティー色の体毛が地毛ならば、そうとしか思えない。
「うん。たまに日本にも住んでるよー。」
「嘘だろ…アメリカ人だったのか?いや、でも名前は日本名だし。あー、でも確か菊ちゃんとやらは、アメリカの大学を卒業したとかなんとか言ってたな…、それで一緒にアメリカに?」
ヒモのうちの一人の経歴を思い出し、日本に留まらず他国でもヒモをやってる樹雨の神経に驚く。
「うんとねー、国籍は日本とアメリカの両方。 今回は菊ちゃんの用事で日本に来たんだ。風太が仕事から帰ってからでいいから、電話を借りてもいい?雪ちゃんと菊ちゃんに、ここに住むって報告しなきゃ。」
「報告?何で?」
何故、元寄生していた先へ報告が必要なのか。
「だって、家族だしねー。菊ちゃんには黙って出て来ちゃったし、雪ちゃんにもお礼を言いたいもん。」
「え!!家族?!」
壮琉だと思っていた時ならいざ知らず、空露樹雨という人物にも勿論家族がいる筈で、それが雪ちゃんと菊ちゃんの二人だというのなら、ヒモは完全なる風太の誤認だった。
何だ…家族だったんだ、と内心ほっとし、ある事にも思い当たった。この目の前の男はもしかすると、余程の…。
「あの…、確か菊ちゃんは金持ちって言ってたよな。財産の管理がどうとか、仕事をしてないとか。それで、その金持ちの家族っていうんなら、当然、樹雨も、」
「んー、お金の話が気になるの?正確な俺の年収は幾らか知らないけど、一応うちの会社の株主だよー。あ、そうだ!すっかり忘れてたけど、カードなら、最初の日に履いてたズボンのポケットに有るよ。別荘を脱出する時に雪ちゃんが持たせてくれたんだ、ちょっと待って。」
「え!」
身軽に足を運んで、さっさとベッドの下のカゴに収納されたジーンズを取り、後ろポケットから無造作にカードを出した。風太はその存在に気付かず洗濯し、干し、畳んだのだと思うと眩暈がする。
はい、と渡されたカードはドキドキする風太の心配を他所に、ブラックカードでは無かった。そのクレジット会社では一般的な、グリーンカードを手にして何だかほっとする。思ったよりも、物凄い金持ちではない様だ。
「はは…、ブラックカードかと思ってびびった。」
「ああ、色が選べるよねー。菊ちゃんはブラックだけど、俺はグリーンが好きだからこっちにした。緑って良いよね。大好きなオリーブの色。」
「待て待て待て!」
とんでも無い発言に、慌ててカードを突き返す。指紋が付いてしまった事が気になるが、精神の安定のために一刻も早く返したい。
「お前、さてはめちゃくちゃ金持ちだろ!ヤーメーロー、菊ちゃんとやらに何も言わずに家出とかするなよ!下手すると俺が犯罪者にされる、いや、もしかしたら既に誘拐犯とかになってたりして、」
一気に顔色の悪くなる風太を気にもせず、樹雨がのんびりと言った。
「あれ、風太。そろそろ仕事に行く時間だよね?電車の時刻があるって言ってたでしょ。」
はっとして、風太は腕時計を見た。時刻はいつもの出勤時間に迫っている。しかし玄関には向かわずに、速やかにズボンのポケットからスマホを取り出す。
「いいから!今直ぐ!とにかく今直ぐ家族に連絡して、自分の身の無事を伝えてくれ。そして俺の身の潔白も証明してくれよ。ほら、電話番号を言え。」
何を慌てているのかと、樹雨は首を傾げながらも、風太に言われるままに暗記している携帯番号を告げて電話を掛けて貰った。
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