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紹介
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秋吉が目を覚ました時、一番最初に見えたのは菊嘉の心配そうな顔だった。その背後で目に入った白く高い天井は、凝った模様を描いてある。状況を把握する為に室内をさっと見渡す。そこは昨日から宿泊しているホテルの寝室で間違いなく、閉められたカーテンの僅かな隙間から差し込む陽の角度は、倒れる前とそう変化はない。自分の腕時計をちらりと見て、さほどの時間が経過してない事を改めて確認する。
「…すみません。ご迷惑をおかけしました。」
腕を支えに半身を起こそうとして、強張った顔をした菊嘉に制される。
「迷惑とかじゃない!そんな事を言うな!僕がどれ程、」
血の通わぬ作り物の様な青白い顔を見て、強い語調で続けようとした先を言わず口を閉じた。少しの間を置き、冷静さを取り戻してから再び口を開く。
「約束通り、医者は呼んでない。アルバーニには、今日は出社しないと伝えたから僕の事は気にするな。…水を持って来よう。」
ベッドの脇へ置いた椅子から立ち上がる。ほっとした気持ちを悟られない様にそっと息を吐き出すと寝室を出た。
以前から秋吉には、自分に何があっても勝手に医者を呼ばないでくれと頼まれている。実際、秋吉の体は繊細に出来てはいても怪我や病気に罹ることは殆どなく、菊嘉の知る限り病院の世話になる様な事もなかった。倒れる場面を見るなど初の事で、正直に言えば後十分待ち、目を覚まさない時はアルバーニを呼んで病院へ運ぼうと思っていた。
ブブブ、と震える音が聞こえるのに気付き近寄る。朝食の時に使用していたテーブルの上で、秋吉のスマホが震えている。見れば、画面に表示されているのは知らない番号だ。しかし菊嘉は、躊躇わずにスマホをスライドさせ電話に出た。秋吉のプライベートな番号を知る人は限られる。自分以外では、あの兄しかいない。
「もしもし、」
やはり、と言うべきか。菊嘉に応えたのは、のんびりとした、どこか陽気な声だった。
「あれー、雪ちゃんの電話だよね。何で菊ちゃんが出るの?」
「…秋吉は今出れない。兄さん、第一声がそれってないだろう。他に言う事がある筈だけど。」
苛々を通り越し、呆れる。この緊張感の無さからすると、しっかり無事に楽しく逃亡生活を送っていた様だ。
「あ、そうだよね。挨拶忘れてた!おはよう、久し振りだねえ。俺が居なくて寂しかったでしょ。」
挨拶を聴きたい訳でもない。寂しかったでしょ、と疑問形でもなく断定する言葉にも眉を顰める。相変わらず、菊嘉には理解の出来ない思考を保っている兄は、電話の向こうで笑っている。そして、誰か別の男性の声が小さく混ざるのを耳聡く聴き取った。
「誰か一緒に居るんだろ。その電話の持ち主か…、その人に代わってくれないかな。」
その方が話は早いと判断し、兄との会話を早々に終える。無事だと分かれば、後は何処に居るのかと、他所様に迷惑をかけていないか聞く必要がある。
「風太ー!菊ちゃんが、電話を代わって欲しいって!」
「え!何で俺?」
「え?何でって、彼氏の紹介かなあ。一緒に住むってまだ言ってないのに、菊ちゃんは勘がいいからね。」
「いや、急過ぎる!」
スマホから漏れるやり取りに、菊嘉は頭痛がした。兄の初の恋人をこんな形で紹介されるとは、かなり予想を超えている。
「…お電話代わりました。あの、初めまして。宇野風太と申します。」
腹を括ったのか、相手はしっかりとした口調で名乗る。声は若い男性のもので、菊嘉は兄と近い年齢だろうと察した。同性間の恋愛について何ら反対はない、自らも秋吉への気持ちを持て余している身だ。兄も大人であり、そろそろ恋の一つや二つはしても当然である。相手の性別がどうであれ、人物像を調査した上で、問題無ければ祝福するつもりだ。
「僕は、弟の菊嘉と申します。兄がご迷惑をおかけしている様で、大変申し訳ない。礼も兼ねて一度きちんとお会いしたいのですが、そちらの住所を教えて貰えませんか。後ほど向かいますので、」
樹雨の弟とは思えない程のしっかりとした言葉に風太は面喰らう。住所を告げた後に、腕時計を見て慌てて付け加える。
「すみません。今から出勤しますので、出来れば後日、改めてお会いしたいのですが。」
「そうですか。では、都合を合わせて伺います。また連絡を頂けますか、出来ればこの番号ではなく、僕の携帯番号へ。」
番号を告げ、互いに短く挨拶を交わして電話を切る。
「さて、宇野風太の身辺調査をするか。」
自分のスマホを手に取り、落としていた電源を入れる。早速アルバーニへ連絡すると、苦情の嵐だった。出社時間の変更から始まり、理由も言わず急遽出社を取り止め、それから見知らぬ日本人の名前と住所をいきなり告げ、その身辺調査を信頼できる興信所へ依頼しろと命令したのだから文句も言いたくなるだろう。
まだまだ続く文句を無視し、菊嘉はさっさと通話を切った。今度は電源を落とさず、バイブのままポケットへ入れる。早速アルバーニの名前で振動するスマホを無視し、冷蔵庫を開ける。
「秋吉を待たせてしまったな。」
ミネラルウオーターを取り、まだ震えているポケットを気にせず寝室へ向かう。兄の行方と無事が分かった事で、菊嘉の気持ちは随分と楽になり、この数日間、無意識のうちに険しくなっていた表情も和らいでいた。
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