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盗聴
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樹雨は秋吉の呼んでくれたタクシーの中で、珍しく項垂れていた。自ら舌を噛み切り、強引に唇を合わせてその血を秋吉へ送り込んだのだ。それは決して秋吉の望む事ではなかった。
「っ!!」
ドン、と胸を叩く手を無視して無理矢理椅子に背を押し付け、覆い被さり血を飲ませる。今の秋吉の力では樹雨に敵わない。
自殺でもする勢いで思い切り噛んだ舌は、傷口を修復しようとする働きにより、端の方からじわじわくっ付き始めている。この機を逃せば二度目はない、その思いが尚更強引さに拍車をかけた。
「っ、ん、」
口の端に唾液に混ざった血が流れる。秋吉は飲み込む事を拒否出来ず、結局は樹雨の血を受け入れた。ごくり、ごくり、と喉が動く。
しばらく経ち、バスローブを掴む拘束が緩み二人の体がようやく離れた。テーブルに並んだ料理の匂いを上書きするように、血の匂いが鼻腔へ広がる。
「樹雨…、こんな無理をしては駄目です。血を流しすぎては、貴方の心臓が停止してしまいます。そうしたら、もうその姿ではいられないのですよ。」
「大丈夫、耳も尻尾も出てない。狼にはなってないよ、加減は分かってる。俺は風太の側に居たいからこの姿を意地でも留める、他の姿に変貌はしない。それより雪ちゃんの体調はどう?少しは回復した?」
唇に付いた血を手の甲で拭い、自らの血を喉の奥へ飲み込む。舌はまだ痛みが強く、くっ付いていない部分も多いが樹雨の強い意志が関係しているのか唾液のおかげか、いつもよりも早く傷が治り始めている。それを見守る秋吉は、心配もあり眉根が寄っていた。
「あ、やっぱり…迷惑だった、よね?」
秋吉の顔色を窺い、恐る恐る尋ねる。双方にとってベストとは言い難い、リスクのあるやり方だった。そして、こんな言い方をすれば秋吉の答えも絞られてしまう事が予測され、胸が痛む。
「いいえ…有難う。」
本音を言えば、秋吉はこの姿を最期にしたいと考えていたし、延命も望んでいない。しかし、ミルクティー色の睫毛を湿らせる涙を見れば拒否出来なかった。相手の望む返事をしてしまう。
「ごめんね…。俺の存在意義は雪ちゃんの命を救う事だから。」
「樹雨、それは違います!貴方の存在は、」
首を振り秋吉が否定するが、樹雨は曇りなく微笑みそれを遮った。
「いいんだ。菊ちゃんは、きっとそう思ってた。ベルーガでも雪ちゃんでも、もしこれから別の姿になってもいいから、生きるのを止めないで。血が必要なら遠慮しないで言ってよ。同じ血を持つ俺にしか出来ない事なんだから。」
樹雨の言う菊ちゃんとは菊善の事であり、その言葉に、秋吉は記憶の中の彼を思い目を伏せた。その瞳は樹雨よりも赤みが強く、そしてもっと繊細なものだ。
「そんな顔しないで。菊ちゃんの事も、雪ちゃんの事も大好きだよ。今は、風太の事も同じくらいに大切。だから、土曜日はうちに来てね。」
「ええ、」
実際のところ、同行出来るかどうかは菊嘉の許しを得ないといけないが、樹雨が説得するつもりでいるのだろうと頷く。ふと、樹雨の視線が横へずれた。
「あー!せっかくの美味しい料理だったのに、舌が痛くてもう食べれないっ。」
ホテルの料理長が腕をふるった品の数々を残念そうに見る。
「ふふ。全部食べてから行動するべきでしたね。」
その微笑みに、樹雨は果たして菊善との約束を守れた事になったのかどうか不安が募ったが、会話を盗聴されているとも知らず、内心を隠して明るく笑い返した。
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