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差し入れ
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『ボス、これどうぞ。』
研究室から出て、休憩室にあるコーヒーで喉を潤していたところへやって来たアルバーニに差し出された紙袋を反射的に受け取り、菊嘉は思いっきり怪訝な顔をした。アメリカ発祥の某ハンバーガーショップのマークを見るまでもなく、匂いで中身が知れる。
『何だ、コレ。』
『ハンバーガーですが、ご存知ないですか。ああ!失礼、庶民の味は苦手でした?若者らしく、たまにはジャンクな物が食べたいかなぁ、とか思って気を利かせたんですけどね。』
『はあ?!ハンバーガーくらい、知ってるに決まってるだろ!そうではなく、何故急に食事の世話をやく気になったのかと聞いてるんだ。』
イラッとする菊嘉の表情を楽しみ、大人の余裕で微笑む。それがまた菊嘉の苛立ちを煽るのも分かっていながら、アルバーニは更に付け加える。
『まあ、差し入れは私の意思ではありません。セツの直々の頼みでなければ、こんなおせっかい引き受けないですよ。』
その名前を出した途端、一気に怒りが加速した。二人の他に人の居ない休憩室は、ピリピリした空気に包まれている。
『…電話があったのか?僕に食事を摂らせろと?』
睨む眼力は中々のものだが、それを受け止める相手は慣れたものだった。
『まさか、先ほどホテルの部屋で会って話したんですよ。残念な事に今日はランチに行けなかったものですから、また後日に改めてデートする事になりましたが。』
『はあ?!デートなんてさせると思うのか?』
『おや、何故ボスの許可が必要なんです?セツはボスの恋人ですか?一方的な過干渉や束縛…いくら親代り同然とはいえ、乳離れも満足に出来ませんか。いい加減、そんな幼稚な感情でものを言うのは止めたらどうです。』
う、と返す言葉を詰まらせ顔色を変えた菊嘉へ、アルバーニがふうっと重く息を吐き首を振ると真面目な顔付きに変わる。
『…と、思ってる事を正直に話したらクビですかね。でも、先ほど見たセツの様子が気がかりで、思わず忠告を。』
『秋吉の様子?』
怒りや羞恥の表情に、また別の感情が混じる。それは単身でホテルへ残して来た彼の体調の心配でもあったし、何の忠告なのかと思い当たる節を探る表情でもあった。
『ええ。何か思いつめている感じがしました。ここのところ食事が喉を通らないのも、その所為かもしれない。ランチの約束をしていたからホテルへ出向いたのに、急に後日にしてくれと言い出して…何だかセツらしくない。』
『思いつめる…、』
心当たりが次々と頭に浮かぶ。例えば先日、兄の行方不明を責めた件。もしくは二日前、倒れるほどの体調不良だったにもかかわらず体を求めた件。考えれば考える程、菊嘉は顔色が悪くなって来た。
『まあ、心身ともに疲れているだけなのかもしれないですけど。私なら、いくら大切な人からの遺言だからってこの生活をずっと続けるのは、息が詰まり、嫌になって逃げ出したくなるかもなーって思ったものですから。まあ、杞憂でしょうけど。』
ガサリ、と紙袋が音を立てる。ちらりと窺えば、紙袋を強く握り締めている手が微かに震えている。それは、ずっと菊嘉の心の底にある不安の表れだった。
『…そんな事はしないだろう。しかも着替えも無いのに。』
自らに言い聞かせるその言葉に、あっ!とアルバーニが口を開けた。直ぐに反応して、菊嘉の眉が跳ねる。
『何だ?』
『…いや、頼まれて服を買って持って行ったんです。ほら、ランチに行く約束もありましたし、…ね、まさか…、』
『バカ!!』
ドンッとアルバーニを押し退け、ついでにハンバーガーの入った袋を押し付けて、菊嘉がスマホを取り出しながら走り出す。秋吉の番号をタップするのを確認しながらアルバーニも後を追い、途中ですれ違った女性社員に紙袋をプレゼントし、こちらはスマホでタクシーを呼ぶ。
とんだ茶番劇を演じたアルバーニは、これから行くホテルでも第二幕を披露しなければならない。それが上手くいけば、後は秋吉逃亡の責任を取り、辞職する運びだ。
『ボス、タクシーを呼びました。』
焦る菊嘉の必死な様子を見ながら、思わず笑いそうな口元へ手をやり隠す。冷めた脳から伝わる、白けた気分を取り繕った。
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