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そのキスは血の味がした。廊下に転がってる片方のスニーカーを、何故そこにあるんだろうと考える。
風太はネクタイに絡む指に引き寄せられるまま、混乱する頭の隅で玄関の明かりをつけ損なった事を後悔していた。定時で帰宅した今は夕暮れ時で、両隣に同じ造りの隣室を構えるこの部屋は窓が少ない。視覚からの情報量は限られていた。
「っん、んんん、」
知りたい事は三つ、先程見えた耳と尻尾が本当の本当に本物なのか、この血の味の原因は何なのか、そして何よりこのキスをしている相手は本当に樹雨なのか。
思えば、この家の中に居るのなら樹雨に違いないという思い込みがあった上に、薄暗い中で顔の確認もろくろくしないままでのこの状態。樹雨であるという確信は、いや、そもそも人間であるのかさえ、今は謎だ。
「っ、ぁ、」
そんな不安に構わずに、下から伸びたもう片方の手が風太のうなじを捉えた。深まるキス。いつの間にかネクタイのノットを下ろし解き、シャツのボタンを外し始める指の動きに気を取られる。
「んんー、」
咄嗟にその指を抑えた。抗議の呻きにようやく唇が離れ、相手が身を起こす。
「なぁに、風太。」
こんな状況でも可憐で、少し間の抜けたその声は間違いなく樹雨のもので、風太はホッと安堵すると共に、整理のつかない脳内のまま濡れた唇を拭う。薄闇でも慣れた感覚で手を伸ばし明かりをつける。
見慣れたミルクティーの頭、ぴょこんと出ている例の物も確認する…微妙に角度を変えて動く獣耳にため息が出た。尻尾の事は確認するまでもない、ぱたりぱたりと相変わらず緩やかに風太の腿を打っている。問題は、何故そんなものが付いているのかだが…。だが、それよりも、
「…口ん中、血の味する。何で?」
外でのケンカ…は、樹雨の場合考えられないと思う。頬や唇に外傷は見当たらないが口内が切れるほど殴られでもしたのか、家出同然の樹雨の行動に家族が怒っていた可能性は充分にあった。単身で会いに行かせるべきではなかったと風太は眉根を寄せ、光る紅茶色の瞳を見つめる。
「うーんとね、雪ちゃんと会った時に色々あって、自分で舌噛んじゃった。」
あっけらかんと傷の残る舌を出し、笑う。その言葉に嘘はなさそうだった。
「そっか…、無事に会えたんだな。」
「うん。ホテルのご飯美味しかったんだけど、舌が痛くてあんまり食べれなかったぁ。ね…約束通り頑張ったからご褒美ちょうだい。」
何事もなかったかのように、樹雨の手のひらがうなじをさらい、目を伏せた顔が近付く。キスの続きをしようとする動きに風太はどうするべきか迷い、結局は細い背中へ手を這わせた。自分でも奇妙だと思うが、不思議と恐怖感はない。元々動物は好きなのだし、何だか怖いというよりも可愛いのだ。それに、これは現実ではなく夢なのかもしれなかった。
受け止めた唇の感触は相変わらずで、柔らかく温かい。いつもの調子で樹雨の口内を探ると、以前は無かったはずの鋭い八重歯…だと思いたい歯に風太の舌が当たった。
「っ!」
ぴりっとした痛みに顔をしかめる。
「!!」
がばっ!ハッと目を見開いた樹雨が急いで身体を引く、傷を負った筈の風太よりもよっぽどびっくりした顔で口を押さえた。
「…風太、ごめん!!どうしよう!」
「何、」
「たぶん、俺の血が少しだけど風太の血に混じった…。」
「ん?」
事情が飲み込めない風太は首を傾げ、血の滲む舌の傷の深さを探るように自らの上顎に擦り付けた。そんなに大した傷でもない。
「何、なんか血液感染する病気持ちな訳?」
「ううん…うん、っていうか。病気、じゃない、けど、」
「けど?」
そこで風太は、今の樹雨がいつもの樹雨ではないのを思い出した。ハッとして頭を押さえる、幸いにして獣耳は出ていない。その姿勢で身を捻り、ズボンに包まれた尻を確認する。
「はは…何だ、良かった。耳も尻尾も生えてない。俺も犬人間になるのかと思ったわ、びっくりした。って、そんな病気ねーよな。それに獣耳とか似合わねーしさ、それ以前にそんなん生やしてたら会社にも行けないだろー。」
その一人突っ込み具合からして、冷静そうな風太も全く冷静ではない。そして、
「あ!ああー!!そうだ、忘れてたよぉ!耳としっぽぉ!」
今度は樹雨が自分の獣耳を押さえて叫んだ。
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