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痕
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香水に混じり、触れた唇は微かに煙草の匂いがする。唇をなぞる舌の動きに雪は眉を顰めた。記憶は未だ鮮明にかつてのキスを辿り、あの頃の記憶を運ぶ。菊善も愛用していた香水、そして病を患うまでは煙草を吸っていた。アルバーニが何処かで仕入れた情報を元に真似をしているのかもしれないが、いくら愛しい人の匂いに似せようとも目の前の男は別人だ。
手首を掴む指が徐々に降り、血の跡を残しながら胸元へ這う。侵入を頑なに拒否する唇からようやく舌が逸れた。
『ふっ、頑固だね。…ほら、傷跡が残ってしまってる。君の能力はもう随分と衰えてるんだね。さっき血が止まらなかったのも、半獣になれなかったのも、そのせいだろう。』
みぞおちを撫でられ、雪はそこに目を向けた。ミミズ腫れ状に引き攣れた痕は、まるで手術でもしたかの様だ。
『傷一つ無い美しい体に、醜い痕を残す事になってしまって残念だよ。もっと別の方法を取るべきだった、』
惜しむ表情で首を振る、勝手な言い分を聴きながら雪は、冷静に自分の現状が予想通りであったと結論付けた。
『どんな方法だろうと、迷惑な行為に変わりないですね。私は、秋吉 雪でありたかった。』
樹雨から血をもらわなければ、きっとあのまま死んでいただろう。アルバーニがやった事は、生か死かどちらに転ぶか分からない賭けだった。そして、辛うじて再生を果たした今、雪の体は人間に等しい程の力しかない。きっと、次の人生は無い。
『大丈夫。これからの君は、秋吉 雪よりも幸せになれる。』
『はっ!幸せ…ね、それを与えてほしいなんて望んでません。』
普段の穏和さは何処へ行ったのか、目覚めてからの彼は冷たい雰囲気を纏ったままだ。しかし相手は、肩をすくめただけで受け流した。
『まあ、そう言わずに受け取ってよ。君の新しい名は、ネーヴェ・クライン。』
『ネーヴェ・クライン…、』
『そう。君にぴったりだ。』
クラインとは、秋吉の前の姓だ。よっぽど彼女に執着してるらしいと、嫌そうにしている雪改めネーヴェに構わず、アルバーニは腕時計を見る。
『ああ、朝食は君も一緒に行こう。でも、その傷の手当てが先だな。』
ベッドサイドの受話器を取りフロントへ連絡し、救急箱の手配と、血で汚れた床の絨毯を弁償する旨を流暢な日本語で話す背中。
はぁ…、ため息を吐いたネーヴェはチャラ、チャリ、と音を立てながらベッドへ腰掛けた。どうせ一人では限られた自由しかなく、何をするにもアルバーニに決定権はある。
電話を終えたアルバーニがベッドルームから出て、服を抱えて帰って来た。
『さあ、一緒にシャワーを浴びて着替えようか。』
どんな服を持って来られても、裸よりはマシというものだ。ネーヴェは頷き、ふと質問した。
『今日は何日?』
今までの経験を元にした感覚としては、刺された水曜日からそんなに経ってない筈で、翌日の木曜日だろうと考えていた。
『○日の、土曜日だよ。』
『え、』
それは樹雨と菊嘉が会う約束の日であり、想像よりもずっと遅い目覚めになった事に驚きを隠せなかった。
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