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悪魔
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菊嘉はエッグベネディクトを切り取るナイフとフォークの動きを止め、斜め前に座る少年をチラリと見た。先程から彼は、一人用のサラダボウルに盛られたプチトマトに苦戦している。理由は明らかで、その両手の人差し指の関節に貼られた、血の滲んだ絆創膏だろう。よほど食べ難いと見え、諦めず痛みに眉をしかめながら、ツルツルの表面と丸みに逃げられては再び挑むのを繰り返している。
『…なあ、手伝ってやったらどうだ。指の怪我が、よっぽど酷いんじゃないのか。さっきからそいつ、ろくに食べれてないだろう。』
アルバーニへ目線で報せる。普段、兄と雪以外の他人の食事に対し口を挟む気は全くないが、この時は寝不足もありこの年下の少年の動きが気になった。
『ああ…、傷が痛むのかい?ボスもああ言ってるし、私が食べさせてあげよう。随分とお腹が空いているだろうから、』
そう言って隣から手を伸ばしフォークを持つ手に手を重ね、ネーヴェとして初の食事だしね、と菊嘉に聴こえない音量で耳元へ囁くアルバーニ。その瞬間、緑色の瞳がギロリと睨んだ。
『…大丈夫です。』
恋人同士の甘い雰囲気など全くない、冷く短い返事だったが、アルバーニはそのまま細い指からフォークを抜いた。
『何を拗ねてるのかなシュガー。ああ…朝のシャワーも着替えも全て手伝ったのに、食事の事は気が付かなくってごめん。傷が治るまでは色んな手伝いが必要だね。』
シュガーなどと、恋人への愛称を恥ずかし気もなく口にする。二人の親密な関係性を菊嘉へアピールして、更には頬へキスを落とした。
『っ!』
バッ、とネーヴェが身を仰け反らせる。その顔付きは絶対零度の目色で険悪そのものだったが、斜め前の菊嘉には、照れを含んだ恋人同士のイチャつきにしか見えない。
『はい、あーん。』
むぐ、と唇に押し付けられたプチトマトを、薄ピンクの唇が嫌々ながらも咥えた。確かに空腹で、体も脳も食物に飢えている。そしてアルバーニは、この茶番を止める気がない。
『ふっ、素直な君は可愛いよ。次はアボカドがいいかな、好きだろう。』
黙々と咀嚼し飲み込む少年の唇へ、フォークに乗ったアボカドが消える。フォークを引きざま、口の端に付いたドレッシングを拭い取り、アルバーニはその指先を舐めた。菊嘉が呆れた顔を向ける。
『こんな恋人がいながら、秋吉を口説くとか何なんだ。顔が好みなら誰でもいいのか、』
『まさか、誰でもいい筈はないですよ。ボスには、ネーヴェの魅力が解りませんか?』
そう言われ、菊嘉は浮気症な彼氏を睨む少年の顔を良く見た。何故だか、よく見ると雪と同じ目鼻立ちに見えてくる。二人の年齢差もあり確かな事は言えないが、将来この少年が大人になれば、それはきっと雪と似た美しさだろうと予想出来た。
『…秋吉の身代わりのつもりか。僕はごめんだな。』
ポロリと口から出た言葉は、ネーヴェを色んな意味で傷付ける物だったが、彼は表情に出さない様にとそれに耐えた。だが、それを見透かし慰めるように、艶やかなプラチナブロンドへ触れ、耳朶を撫でるかたちで耳へ掛けて離れる大きな手のひら。
『それは実に残念ですね、ボス。まあ渡す気もありませんが。』
スーツを着て黒髪を整えた現代の悪魔は、青い目を細め、恋人へ向けて優しく微笑んだ。
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