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恋人
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朝食を終え、アルバーニに連れられるまま大人しくホテルの部屋へ戻ったネーヴェは、広いソファーへ深く腰掛けて背もたれに頬を付けると目を閉じた。その隣に当然の様に並んだアルバーニは長い足を組み、煙草をシャツのポケットから取り出す。
『失礼、煙草を吸ってもいいかな。』
少年が頷くのを確認し火をつける。幾らか吸い、テーブルの上の灰皿に押し付けると、淡く美しい髪に手を伸ばして優しく触れた。背を向けた少年は煩わしそうに首を振り、髪は惜しむ指先から滑り落ちた。
『不機嫌だね、新しい体に慣れないせいで疲れたのかな。食事はアレルギー対応の物だったから、体調を崩す事は無いと思うんだけど。美味しくなかった?』
『……。』
『ボスは、狼男の事を何も知らないんだね。知っていたら、君を見れば直ぐにセツだと気が付いただろうに。どうして何も教えてあげなかったんだい、童話は狼男の真価を隠すための作為的な作り話だと。』
表情も見えず、返事などなくともアルバーニは気にならない。所持金も無く、新しい体の身分を証明するものはアルバーニが管理している今、少年の存在を手中に収めている余裕があった。
『ボスを信用出来なかった?それとも、最期の人生くらいは普通の人間として暮らしたかったのかな。身代わりはごめんだと青臭いことをボスは言っていたけれど、…君はかつての恋人の面影を彼に求めていたんだろう?さすが親子だ、二人はとても似ている。だけど…キサメは違うね、』
『……。』
『書類上はウツロ博士とベルーガの実子である彼は何者なのかな。当然、男である君には産めない、なのに彼も狼男だ。母親が他に居るとして、ウツロ博士とは血の繋がりなんてないだろう。ボスは何も知らずに他人と家族ごっこをしてるのか…、不憫だね。誰かが教えてあげた方がいいのかもしれない。』
『…脅してるんですか、』
静かな怒りをたたえ、少年が振り返った。案外素直なその反応に、いつまで無視出来るかと計っていたアルバーニは、片眉を上げ楽しそうに目を細めた。やはり、弱点を突かれては黙っていられないらしい。
『さあ。それは、君次第。』
『貴方には関係の無い話だ。』
『…そうだね。私には関係無く、知る必要はない。そして今の君、ネーヴェにも関係の無い話だ。』
緑の目が、その言葉の裏を探る様に見てくる。
『私も君も、ウツロ家の内情には全く関わりはない。セツの失踪にもね、』
『……。』
ネーヴェは用心深く、このやり取りで定められる自分の身の振り方を見定めようとしている。深く勘繰る必要などない、アルバーニの求めるものはシンプルだ。分かりやすく、雰囲気を変えて甘く囁く。
『私は恋人には寛容だよ。君が望むなら出来る限り要望には応える。好みの容姿は黒髪黒目のアジア人?残念ながら肌の色はこのままだけど、この髪は黒く染めてるんだ。後は…そうだ黒目のコンタクトでも入れようか?』
自分の髪と瞳と順に指差し、にっこりと微笑む。
『…そんな事は望みません。』
『そう?でも、この香りが好きだろう。』
細い体を抱き寄せられる。その途端にリンゴとシトラスの香がほんのりと鼻腔をくすぐり、空気に溶ける煙草の残り香が混じる。懐かしく、愛おしい。目を閉じれば、温かな体温と穏やかな心音は、疲れたネーヴェの思考を容易く紛らわせる。
『本物がもうこの世に無いのなら、偽物で手を打つのは仕方のない事さ。それに、君には選択の余地なんてないんだから。』
少年は反論すらせず、従順に腕の中に収まっている。それを了解とみなし、アルバーニは頼りなく滑らかな頬に手のひらを這わせ、閉ざされた唇に親指を当てた。柔らかな下唇に指先が沈む。
『恋人ならこんな時はどうする?』
『キスを、』
『そう。口を開けて、舌を出して。』
薄く艶やかな唇が開き、舌が出るのを見届けたアルバーニは、人差し指と中指を乗せて押した。肩を揺らし、咄嗟に軽く口を閉じて息を詰めるものの、舌を出したまま我慢しているのを見て指を退かす。
『意地悪して、ごめん。噛まないか試す必要は無かったね、ちゃんと恋人の自覚を持ってくれて嬉しいよ。』
詫びて口を寄せる。
『積極的な君も素敵だよ、シュガー。』
それ以上動こうとしないアルバーニの促しを含んだ言葉にネーヴェは観念し、両腕を彼の肩に回すと身を伸ばし唇を重ねた。
契約書代わりのキスは深く、ネーヴェはアルバーニの口内で舌を絡める。ちゅく、ちゅく、と互いの息と熱が混じり、唾液が溢れるのを吸う。少年の未熟な体は熱を帯び、成熟した脳は冷静に相手の発する欲望を追う。アルバーニの手がニットを脱がせシャツのボタンを外すのに応え、ネクタイのノットを引く。恋人ならば、そうすべきだろう。
『ベッドへ行くかい?』
『…ここでいい。やる事は同じだから。』
投げやりとも思える言葉だったが、深いキスのせいで白い頬が赤く染まったこの状態ならば許される。
『ベッドまでも待てないのか、シュガー。その砕けた口調もいいよ、実に若く、恋人らしい可愛いおねだりだ。』
良くできました、と額にキスが落ちる。積極的にと望んだのはそっちだろう、と言いたげな目で見る少年の服を脱がせたアルバーニは、左の肩甲骨の上部に位置する星に似た小さなアザを撫でた。
『ああ…、ようやく君に辿り着けた。』
それは、彼の心が満ちる声音だった。ソファーにうつ伏せに横たわったネーヴェは、はぁ…と気付かれないようにそっと小さく息を吐く。この大して価値のない体を与え、恋人を演じる事で守ったものは菊嘉と樹雨ではなく、唯の保身だ。
こんな事で心は損なわれたりしない、今更傷付く程ウブでもない。だから、もっと恋人らしく嘘を吐く。
『ルーカ、もっと触って。』
なのに、この行為を自らすすんで望んだものにすり替える言葉は、毒のように体へ染み込んだ。
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