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僕は視線を自分の手元に落として、目の前に座る一条様に体を向き直した。
あんなに会いたいと思っていたのに、会えないと言い聞かせていたからどんな顔をすれば良いのか分からない。
渚、と様子を伺う声で名前を呼ばれる。
恐る恐る顔を上げると、一条様はあの時と変わらない優しい笑顔で僕を見ていた。
「元気な姿を見られて安心しました。私にこんな事を言う資格はないとは分かっています。それでも、貴方の事を考えない日は一日もありませんでした」
一条様は優しい方だから、長い間心配して、約束を守れなかった事を申し訳ないと思ってくださっていたのだろう。
「村井に全て聞いています。日に日に体が弱っていったのも、仕事が続けられなくなったのも、全て私の責任です」
一条様は、深々と僕に頭を下げた。
「あ、あの、それは僕のせいで、でももうすっかり体も良くなりました。今は、畑仕事も出来ます。だから、やめてください!」
僕は慌てて、それは違うと身振りを交えて説明し、何とか顔を上げてもらったが、表情は晴れてはいなかった。
一条様は、数秒目を瞑り、意を決した様子で僕を見た。
「私は、貴方に一生をかけても許されない事をしました」
僕は咄嗟に首を振った。
何も言わないで
「一条様!」
咄嗟に出た声にお互い驚いている。
これがきっと最後だから伝えておきたかった。
「…僕は、幸せでした。一緒にいてくださった時間は、一生の宝物です。本当に感謝しています」
だからもう気にしないで、自分の幸せだけを見つめて、幸せにしなければいけない人の事だけを考えて生きて欲しい。
傷付けられたなんて思っていない。
謝ったりしてほしくない、愛してくれたと分かっているから、信じているから、僕はこれからも生きていける。
眉を寄せ、どこか辛そうに、もどかしそうに口を開こうとする一条様を、また遮るようにして続けた。
「一条様の幸せを、祈っています。これからも、ずっと…」
最後に笑顔を向け、今度は僕が頭を下げた。
「私が愛するのはただ一人、渚だけだ」
その言葉に驚き、その意味を必死に考える。
僕を傷付けまいと嘘を吐いてくれているのか、また違う何かがあるのか。
「妻とは、離縁しました」
耳を疑った。
今何と言った、顔を上げ一条様を見つめる。
一条様はゆっくりと立ち上がり、僕の隣りに座り直した。
「望まない結婚を選ぶか、渚の安全を選ぶか迫られました。両親は全てを調べ上げ、私を脅した」
一条様の綺麗な手が固く握られた僕の手に触れる。
「村井は、私を止めました。渚を選んで欲しいと…、でもそれは出来なかった」
僕を見つめるその瞳は揺れていて、今にも涙が溢れそうに見えた。
「傷付けてしまう、迎えに行くと約束したのに、こんなにも愛しているのに、それでも私は、渚を失う事が何より怖かった。もしもの事があれば、生きていけない」
知らない事ばかりだった。
僕は何も知らず、泣いていただけだった。
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