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萩原のドジョウすくいに戸田課長は上機嫌になると財布から一万円札を取り出して彼の胸ポケットに入れた。ついでに他の男性社員にも、チップを配っていた。戸田課長についてきた連中の思惑に「ははーん。なるほどな」と、呆れながら呟くとビールジョッキを片手に持って一口飲んだ。
「――で、柏木。なんで戸田課長が居るんだよ?」
「ああ、それなんだけどさ。今朝、萩原と飲みに行く話をエレベーターの中でしていたら偶然、戸田課長が居てさ。話を聞いてきたから俺と葛城と萩原と阿川で居酒屋に飲みに行きますって言ったら、「阿川も行くのか? よし、じゃあ私も誘え!」って言ってきてさ。ついでに戸田課長が他の社員達にも声をかけて大所帯の飲み会になったってわけさ」
「ふーん、そうか。まあ、阿川は戸田課長のお気に入りだし。お気入りの部下が同僚と飲みに行くって聞いたらついて来るだろうな。それに釣られてお小遣い目当てに来る連中も一緒にな」
「なんだよ葛城、不機嫌だな。怒ってるのか?」
「バーカ。怒ってるんじゃなく呆れてるんだ。」
「そうなのか?」
「ああ……!」
「阿川もさ、アイツらと一緒に戸田課長の前で胡麻すりすれば良いのに。アイツの間抜けな顔とか見たことないよな? 課長に一番気に入られてるのにさ。俺なんか戸田課長に見向きもされないぜ。お前と一緒だな」
「――じゃない」
「え?」
「アイツはそんなヤツじゃないって言ったんだ。胡麻すりもしなければ、自分から気に入られようともしない。アイツにとってアレが自然なんだ。ただ要領が良すぎて自分じゃ気づかないんだよ。そんなんで一々妬むなよ。阿川だって戸田課長に付き合わされて迷惑してるかも知れないだろ?」
不意にアイツの事を話すと、タバコの火を灰皿に押し付けて消した。柏木は隣で口をポカーンとして俺の事を見ていた。何気無く視線を向けると斜め向かい側の席にいる阿川を見た。俺の視線に気がつくとアイツは小さく手を振ってニコッと笑ってきた。ふと笑いかけてきた笑顔にドキッっとすると思わず視線を反らした。
胸の奥が何故かドキドキしてきた。自分でも、何だかおかしい。最近ちょっとした事でアイツにドキッとしてしまう事が増えてきた。淡い気持ちに心が揺れると顔が何だか急に熱くなってきた。
「どうした葛城? 顔赤いぞ? 酒飲み過ぎじゃないか?」
「ん? そーかもな……。ちょっと酔いが回ったかも。」
「なあ、葛城。お前最近、なんだか少し変わったよな。さっきだって阿川の話に剥きになったし。ああ言うヤツ苦手で嫌いだったろ――?」
「……ああ、確かにな。アイツは俺よりも出来た奴だったからな。前は嫌いだったかも」
「じゃあ、今は?」
「さあ…――」
アイツに一言話すと席から立ち上がってお手洗いに向かった。店内は騒がしく、唯一落ち着ける空間はトイレの中だった。不意に柏木の話が頭の中で繰り返しリピートした。
――“じゃあ、今は?”―――
と言う質問に、自分自身でもハッキリとした答えが出なかった。
俺は阿川を好きなのか?
それとも嫌いなのか?
好きの意味に「その意味」を見いだすなら、俺はアイツにどっちなんだろう――。
洗面台で顔を洗うと、静かに自分の気持ちに向かいあった。今まで同性を好きになった事が無い俺が、ホントに同じ同性の男を愛せるのか?
俺は阿川を…――。
洗面台の上で両手をつくと不意にアイツのことを思った。すると奥の個室から阿川がひょっこりと出てきた。
「あ…! 葛城さん…――!」
アイツは名前を呼ぶと、そのまま俺に向かって抱きついてきた。
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