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「ありがとう。ちょっと喉がイガイガするなって思ってたんだ。遠慮なく頂きます」
「はい・・・どうぞ」
俺が笑顔でお礼を告げると、琉聖くんはホッとしたように肩の力を抜いて顔を俯けたまま微かに笑ったように見えた。
その小さな表情の変化がなぜかとても気になって、俺は引き寄せられるように腰を折って、俺とは目を合わせてくれない琉聖くんの顔を覗き込んだ。
「なっ、何ですか?」
急に近づいたせいか、琉聖くんは一歩後ろに後退して初めて顔を上げてくれた。意外と俊敏だった動きに『おー』と感心する。と同時にやっと琉聖くんの顔を正面から見られて、満足げな笑みが浮かんだ。
「他の誰も気付かなかったのに、よくわかったね」
また俯かれると寂しい気がして、俺は顔を近づけたまま琉聖くんの目を見つめて言った。俺の言葉が何のことを指しているのか瞬時に理解した琉聖くんは顔を上げたまま、視線だけを逸らせて小さな声で答えた。
「たまたま、です」
たまたまねぇ・・・まあ、たまたま俺が喉を触っている場面が目に入ったってことなんだろうけど、自分でも無意識に近い行動だし、一瞬のことだったはず。現にそばにいたマネージャーもカメラマンも、他の誰にも気付かれなかった。そんな小さな行動一つに気付いて、気遣ってくれるなんてさ・・・君もそうなんだ。
今までこの容姿のせいで、俺に想いを寄せてくれる人は結構いた。告白も何度もされているし、好意を寄せられた相手の雰囲気は敏感に感じ取れる方だ。それは女の子からも男の子からも。
さっきからの琉聖くんの態度は明らかに俺への好意からくるものだろう。自意識過剰じゃなくて、たぶん高確率で恋愛的な意味のものだ。モデルなんて仕事だし、そっちの嗜好の人間も周りには多いし自分がそういう対象で同性から見られることに偏見はない。ないけど、琉聖くんもあの一方的に自分の気持ちを押し付けてくる奴らと同じなのかと思うと、何だかすごく残念だと思った。
「そう。たまたま気付いてくれたんだ。ありがと」
なぜだか少しイラっとするのを抑えて、にっこり微笑んでもう一度お礼の言葉を口にした俺に、琉聖くんは一瞬、傷ついたような悲しそうな表情をしてまた硬い表情を貼り付けると、徐に頭を下げた。
「差し出がましいことをして気分を害してしまいすみません」
「え?」
イラっとしていたのも吹っ飛ぶくらいびっくりして、またしても下げられてしまった琉聖くんの頂をじっと見つめた。
どうして謝るの?
俺、笑ってお礼言ったのに・・・俺が心で何を思っても、笑顔を見せておけば今まで誰も気付かなかったし、俺の心の中なんて気に留められることもなかった。
俺のことを好きだって告白してくれる子達もそれは同じで、みんな俺の容姿やモデルって肩書きしか見ない。本当は俺のことを想ってくれて、俺の心をちゃんと見てくれるそんなたった一人の誰かが欲しいのに、俺の願いは叶えられたことがない。それがどんどん虚しくなって、最近は好意を寄せてくれる子に疑心暗鬼すら感じる始末だ。
だから琉聖くんの俺に向けてくれる感情に気付いて、残念だなって思った。琉聖くんも他の人と同じなんだろうなって思うとすごく残念だって・・・だけど、違ったのか?
笑顔の奥に隠した俺の気持ちの変化が君にはわかるの?
「本当に申し訳ありませんでした」
俺が黙ったのを悪い方に捉えた琉聖くんはもう一度深く頭を下げて、俺が持つ衣装の上の飴を掴もうとした。
「待って。もらうよ!」
俺は咄嗟に言葉でそれを制して、取られまいと俺より背の低い琉聖くんが届かない高さまで衣装ごと持ち上げた。
「・・・そう、ですか?お気遣いさせてしまって、すみません」
「いや、違うし。気遣ってくれたのは琉聖くんでしょ」
「―――っ、りゅっ」
極々小さく叫ぶみたいな声を上げた琉聖くんは、咄嗟に掌で口元を押さえて一気に顔を赤く色付けた。
うん、この反応・・・わかりやすいね。
名前を呼んだだけなんだけど、そんなに動揺してくれちゃうんだね。
さっきは琉聖くんからの好意を示す態度が他の人のものと重なって嫌だなって思っていたはずなのに、それが嘘みたいに今目の前で顔を赤くする彼に負の感情は湧かなかった。そればかりか、何だかとても可愛らしく見えるんだけど。
「ふふっ、真っ赤だね。琉聖くんの方が熱あるみたい」
「い、いえ!そんなことはないです!えっと、撮影、17時に再開予定ですので、よろ、しくお願いします!」
琉聖くんの可愛らしさに思わず笑うと、琉聖くんは面白いように慌てて、しどろもどろになりながら一生懸命に連絡事項を伝えてくれた。その姿は何だかうさぎが飛び跳ねてるみたいで、ますます可愛らしくて俺は更に笑った。
「17時ね、了解」
あんまり笑っては可哀想かなって思いつつ、ニヤける顔は戻らない。それでも笑んだ声のまま了解を伝えると、琉聖くんは赤い顔のままガバッと頭を下げて『よろしくお願いします』とだけ言って、走り去ってしまった。
うん、走る後ろ姿も可愛いね。
あははっ、と一人笑い声を上げて、衣装の上に乗っている鼈甲色の飴を一粒、口に入れた。
「甘い・・・」
でもとっても優しい味がする。
琉聖くんみたいだな。
どうしてそう思ったのか、自分でもわからないけど無意識にそう呟いて、俺は心が温かくなったような気がして、小さく笑った。
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