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予兆
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ナナトと付き合い始めてから、ナナトという男が頭のネジがぶっ飛んだ、どうかしている男だってことにすぐ気がついた。
例えば、俺のマグカップ一つに嫉妬する。携帯灰皿にも嫉妬する。この二つの小物が、一体どういう意味の何を意味してンのかなんて分かってないくせに一丁前に嫉妬なんて笑うしかねェだろ。
俺しか見ない、見えない、見たくない、そんな感じの態度にウンザリだ。このめんどくさい男に、寂しさを埋めて欲しいと思った少し前の自分のほっぺたをビンタして目を覚ませと言ってやりたい。
俺の周りの人間は一人残らず排除しようとする、その独占欲の徹底ぶりに心底ドン引きだ。俺を抱くときも甘い言葉の羅列、それから気が狂ったのかと思うほど俺の名前を呼びながら、俺が意識を手放すまで抱き殺してくる。
狂愛っていう言葉がピッタリだ。独占欲を俺に悟られないようにしてるつもりかもしんねェけど、バレバレです。
以前にも増して、俺の周りには誰も近づいてこなくなった。ナナト以外。べつにいいけど、ナナトが影でなンかやってンだろーなってことは安易に想像がつく。付き合い始めてすぐに、俺の部屋に転がり込んできたこの男の髪が、カーペットに落ちているのを見てため息をついた。
(だーかーらー、あんたぐらいしか来ないって言ってンのに、この家には)
なんのマーキング行為だよ。オンナかっての。洗面台には二つ仲良く並べられた歯ブラシ、台所にはお揃いのマグカップ、ベッドには枕が二つ。完全にこの部屋にはナナトの跡が散りばめられている。…いいけど、べつに。元からモノの少ない家だから、カラフルになっていくのを見るのは面白い。ただ、お揃いのマグカップがあっても、俺はそれを使わない。
ピンクのシマシマに猫の柄、全く俺の趣味じゃないマグカップ。底に小さなヒビ、まだ漏れたりするレベルじゃねェから使えるし、これしか使わない。これは昔、ヒナトがくれたものだ。なんでくれたかは覚えてないが、ただあいつがくれたということだけは覚えている。
マグカップをそっと撫でながら、鏡に映った自分の姿を眺める。痩せた身体、首や鎖骨、いやもうむしろ全身くまなくつけられた痕、痕、痕。
喉仏にまでキスマークを残すなんて、なんつーガキなことを。はぁ、一つため息をつきながら、煙草に火をつけた。
部屋に置いてある安物の灰皿には、セブンスターとマルボロライトの吸い殻が溜まってる。ナナトの野郎、初めて喋った時は煙草吸ってねェって言ってたくせによォ。とんだ嘘つき、ちゃっかりメジャーでクソまずい煙草を吸っていた。そりゃぁ男子大学生だもンな、吸ってないほうが珍しい。
昨日のことだ。「なんで吸ってないなんてしょうもない嘘ついたンだよ、あン時」と、そうきいたら陸奥は苦笑気味に答えた。「ゴメン、シオンの仕草に見惚れてたら、口からでまかせ」
やっぱりどうかしてるンだよな、こいつ。それ以上は詮索せずに、恋人ごっこを続けた。ナナトに擦り寄ると、俺の髪を撫でながら、愛おしそうに目を細める。髪にキス、頭にキス、キスの嵐。そして見つめあって、なんかわかんねーけど笑えてきて、二人で顔を見合わせたまま笑って、キス。貪るようなそれを繰り返し、そのままベッドへ。
そして目が覚めたら、現実。あーやだやだ、ずっと抱かれていたい。抱かれているときだけは、何もかも忘れてキモチよくなれンのに。
ばりばり、と、長く伸びた髪をかきむしる。ヒナトが、長い方がすきと言ったから、ずっと長いままだ。そんなことナナトが知ったらどうするんだろう、発狂して泣きわめいて首でも締めてくるんだろうか。…いや、ねェな、どうせ微笑んで、俺には優しい言葉を並べて、周りに当たり散らすんだろう。ニヤリ、と口角があがる。俺に振り回される男がいる、ってのは、どうしてこう、楽しいンだろう。
「シオンー。ただいま、…疲れたー」
ガチャリと部屋の扉が開いた。走って帰ってきたのか、風に負けてぼっさぼさの髪、冷たい手が俺に触れないように、腕だけで抱きしめてくるナナト。冷てェ手ぐらいで怒ンねーのに。バカな奴。よしよしと髪を整えるように頭を撫でてやると、心の底から嬉しそうな顔をしてくる。犬、まるで犬だ。俺のことが大好きでたまらない犬。
「走って帰って来るから疲れんだろーが、バァカ」
「俺、シオンのバカって言い方すごく好き」
「バカの言い方だけ?他は?」
「大好き、大好きシオン、ほんとに好き、もう駄目。そんなこと言われたら我慢できない、抱かせて」
「だーめ。今から俺の幼馴染くるから。」
「……へ?」
隠せてない嫉妬がナナトの瞳に映る。幼馴染、って単語のどこに嫉妬するとこがあったんだよ。どうせあれだろ?
俺よりシオンのことを知ってる奴がいるなんて、とか、この部屋に俺以外の誰かを招くなんて、とか、下手すりゃどっちも思ってんだろうなァ。
嫉妬の色に気づかないフリをする。冷たいナナトの頬に手を添えて、すこし背伸び。薄い唇に唇を寄せて、誤魔化すようにキスをした。
「お詫びに今夜は、満足するまで抱かせてやっから」
そういって微笑むと同時に部屋のインターホンが鳴り響く。来た。俺の幼馴染、唯一の弟分。ナナトから手を離す、名残惜しそうに、するりと。
そして玄関のドアを開けた。茶色い髪が揺れる、まだ幼さの残った青年を部屋に招き入れると、部屋の空気が変わった。
片方は嫉妬の黒、片方は一目惚れの赤、混じり混ざって気持ち悪くなりそうな部屋の雰囲気をかき消すように二人の間に入る。
「こちら円涼太、これ陸奥七音。はい仲良くね?」
…絶対仲良くいかないな。俺の周りの人間を消したがるナナトに涼太を紹介すンのは間違いだったかも。だけどこの先も後も円と俺の関係は切れねェからさ、これは必然、運命、仕方ないこと。だろ?
「シオンくんの、幼馴染、です」
一言そう、ナナトに挨拶をする涼太。ぺこりと頭を下げてすぐにナナトの目を見つめなおす。その顔がすこし赤い気がする。若いなァ、んなので俺が気づかねェわけないのに、一度目を伏せて気づかないフリをした。
そして補足をするように「涼太は陸奥の三こ下ね。」というと、す、と陸奥の表情が凍った。ふぅん、俺が涼太のことを名前で呼ぶのがそんなに気に食わねェの?
オイオイ、氷そうなほど冷たい目で見下してやンなよ、残念だなァナナト、俺に隠してるつもりでもバレバレなンだよ。
「えっと…」
「あ、俺陸奥七音。よろしくね。高校生?わっかいなー」
ナナトもまた、誤魔化すように涼太の頭をぽすぽすと撫でた。あは、すげー黒だよ、あんたの雰囲気。
ナナトと涼太がなにかを話しているのを尻目に「俺ヤニ吸い行ってくるー」と言ってベランダを出ようとするとナナトが疑問そうな顔で「え…吸えば?」と言ってきた。
バーカ、あんたやっぱデリカシーに欠ける男だなァ。
「そこは大人として、ねェ?」
涼太に微笑みかける。
「なるほど了解」
全然なるほど了解って顔してないけどね、あんた。
外の空気はひんやりとしている。ナナト、俺があんたの名前をあんたの前で呼ばないのは、なんでか分かンねェよなァ?
…似てる、からだよ。響きも字面もなにもかも、ヒナトに。
俺に名前を呼んで欲しい?
心ン中ではいつだって呼んでるよ。あいつに似たお前の名前をさ。
いいぜ、べつに。名前を呼んでも。でもあんたは気づいてしまうだろう、俺が「ナナト」と呼ぶ声に、甘さと過去を纏っていることに。それでもいいならいつだって呼んでやるよ。それじゃダメだから、呼ばない。だからせめて心ン中では夢みさせて。
これは俺なりの優しさだ。なんて、恩着せがましいな。ふぅ、と白い煙。揺れるのを眺めながら部屋の中の二人のことを考える。ナナトの絶対零度的な眼差しに涼太は耐えられんのかな。…はは、意外とあの二人、セフレになったりして。
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