アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
水葬
-
白いバスタブ、冷たい水を張った。
歪にゆがんだ指輪を握りしめる。何度見返しても、どうやっても、そこに掘られたアルファベットは、Hには見えない。
これはもう、俺とヒナトの思い出じゃねェ。これは誰の?俺と、ナナト?
こみ上げる悲しみを飲み込むように、手のひらからするり。とそれを落とした。
カツーン、…。小さな金属が風呂場のタイルに落ちる音。それを確認して瞼を閉じる。
この結末は一体、誰が悪いんだろう。
さっさと死んじまった小嶋ヒナト?
昔の男を忘れられないまま中途半端に生きてる横島シオン?
こんなダメな俺の虜になっちまった陸奥七音?
そんな哀れな馬鹿を愛している円涼太?
どこからやりなおせば、みんながみんな幸せになれンのかな。
ただわかることは一つだけ。どんなに覚悟しても、どんなに自分を偽っても、俺は、あの歪んだ指輪を、嵌めることはできない。
恋愛ごっこも、ここで終わりにしよう。
これは全部、俺が招いた結末なのかもしれない。自分の都合で傷つけた、その報いなのかもしれない。
もう指輪は見ない、アレは俺のモノじゃねェ。
「ごめんなァ」
こんな兄貴分でごめんな、涼太。
こんな中途半端な男でごめんな、七音。
約束、守れなくてごめんな、ヒナト。
ぽこぽこと、薄い痕がのこる白く細い手首を一撫で。部屋に転がっていた彫刻刀を手首にあてがう。これは、恐らく陸奥が指輪を歪めた刃。俺があいつを狂わせた、刃。
肉が、神経が、動脈が。千切れる音がした。痛みは思っていたより、ない。感覚がマヒしてるのかもしれない。どうだっていい。冷たい水を冷たいと感じないほどに、傷口は熱くなっていく。ぼう、と手首から白い肉がはみ出して、そこからどす黒い赤が冷たい水の中に滲みだしていくのを眺めていた。薔薇、みたいだなぁ。情熱てきな、赤。愛情の赤。そんなことを考えながら。
「じゃあ、 来世で待ってるよ。」
その言葉を信じてもいい?
あんたを追って死なないって約束した俺を、笑って許してくれっかなァ。幸せだなァ。
やっと。会えるよ、ヒナト。
バァカ、って、頭を撫でて。あんたの好きだった、長い髪のままそっちにいくから。走っていくから。
「愛、してる」
愛してる。
お揃いだった指輪は置いていくけど、怒らないでね。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
10 / 11