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窓から差し込む光が部屋中を照らすころ、彼はいまだ膝の上で寝ている少年をゆすった
「ユウ?起きて?」
「ん....」
「ほら...起きてよ」
肩をゆすられてのっそりその身を立ち上げた
目をこすりながら、まだ半分夢の中の少年はとろみのある顔を彼に向ける
「出かけてくるからいい子で待ってて?」
「どこ行くの?!」
少年よりも早く椎名は投げかけた
彼は身支度を整えて椎名の質問には答えない
部屋をいったり来たりする間、少年はずっと彼の後をついて回っていた
「先生...鎖は長めにしてあるから、ゆっくりしててね?」
ニコリと笑うとそのまま玄関に向かい、靴を履く
少年は彼の腕につかまってぐいぐいと中に引っ張って「行かないで」と態度で示していたがそのうちあきらめて絡みついた腕をほどいた
「早く帰るから」
そういって頭をポンとなで、最後に濃厚なキスをして部屋を出た行った
ガチャンと重いドアが閉まる音がして廊下を歩く足音が遠くに消えていく
「.....このままかよ」
椎名を監禁したまま彼はいってしまったのだ
この部屋で二人きり.....あの無口な少年とどうしろというのだ
しかし椎名は考えた
今の少年は長い間監禁状態だったために自分で物事を考える回路が遮断されてるはずだ
それをうまく戻せることができたらここから出ていけるかもしれない
とにかく話をしてみれば....きっと何か分かるはず
何か変わるはずだ
鎖は長めだと言っていた通り、リビングの半分くらいまで移動することができた
これが優しさなのかどうかは分らなかったけれど、ギチギチに繋がれているより、気持ち的に楽になった
部屋の真ん中に座り玄関に目をやると、少年は閉ざされた扉をぼんやり見つめながらその場に座りこんでいた
まるで飼い主がいなくなってさみしくて帰りを待ちわびてる犬のようだった
「忠犬だな....」
しばらくその姿を眺めていたけれど一向に動かない
それどころか座るのがつかれたのかその場で寝転がってしまった
部屋に戻ってくる気配がない少年に椎名は声をかける
「ねえ....君...」
反応はなかった
振り向きもしなければピクリとも動かない
「ねえ....聞こえないの?えっと...」
何度呼びかけても一向に変化はなかった
こっちに来てもらわなければ始まらない.....どうしよう...何か反応する言葉
昨日今日で気が引けるような話題なんかありはしない
どうする...どうしたらいい...
.....名前...そうだ名前....
「なんだっけ...ええと..」
記憶を頼りに少年に向かって言ってみた
「ユ...ユウくん..?」
すると今までなんの反応も示さなかった少年が急に起き上がった
振り返ってこっちを伺うような顔で見ている
その顔は不思議なものを見つけた子供と一緒だった
椎名はチャンスとばかりに続けて手招きした
「ユウくん!こっちにおいでよ..一緒に遊ぼう?」
我ながらこんなことしか言えなくて情けないが、仕方ない
少年が来てくれなければ何もできないのだから....
少年は少し迷っているような顔をしながら片足を引きずるように歩く
椎名は心の中でガッツポーズをして一歩また一歩と自分との距離が縮まるの今か今かと待った
少年は椎名の足元でぺたりと座り込んで目を丸くして顔を覗き込んだ
「ユウくんでいいんだよね...えっと」
覗き込む少年の黒目はとても大きくて映るものすべてを飲み込んでいきそうだった
大きめのシャツ一枚だけを着せられて、襟ぐりから覗く素肌に大きめの痣が見える
片手はダラリと垂らしたまま、動く方の手は口元で爪を噛んで加えたままこちらの様子をじっと見つめていた
咥えられた手の甲には真新しく血のにじんだ歯形がくっきりと残っていた
「それ...どうしたの?」
「......」
「君..いくつ?どこから来たの?」
「.....」
何を聞いても少年は答えなかった
じっと目を見つめるだけで、表情一つ変えなかった
「....何とかいってよ?」
何も答えない少年を前に椎名は弱弱しく言葉を吐いた
話してくれたら助けられるかもしれないのに...
なんだか目の奥が痛くなって情けなくて情けなく何もかも嫌になった
やっぱり自分には人の心を治す力などなかったんだ..
だから彼は治らなかったし、そのせいで、こんな幼い子が犠牲になっている
何も分かってなかったから彼の呼び出しにのこのこ出向いて自分もここにいることになった
自分には誰も救えないのだということを今はっきりと実感した
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