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「こんなところに連れてきて……一体どういうつもりなの……。」
思わずポツリと呟いた椿が連れてこられた場所は海だった。
真っ黒の海に遠くをみれば向かいの島の光が辛うじて見える。
ヘルメットを脱いだ裕人は椿の顔を見てなんとも言えない顔をすると、「いこうぜ」と指さした。
まだまだ海シーズン。
たくさんの人が遊んだ後が見える波打ち際まで行くと、波が足のすぐ先まで迫ってくる。
「裕人?」
「今年海きてねーなって思って」
「裕人は来たでしょ。焼けてるもん」
「んだよ、ヤキモチかー?」
「まさか。」
いつも俺に新しいことを教えてくれるのは裕人だった。
俺よりずっと広い世界で生きている裕人。
それに対して特に何の感情も抱いたこともなかったけど、少しだけいいなと思ってしまった。
「なんだよ。」
「何でもないよ。」
椿はしゃがみこむと、落ちている貝殻を拾った。
夜の海に来るのは初めてで、何もかも全く違うように見えるんだと少し感動した。
昼の海とは全く違う。
全く違う顔で、新しい一面を見ているような気になる。
「椿」
「ん?」
「俺さ、言ったじゃん」
「たくさん言ってるから何のことかわかんない」
「……お前」
「そうじゃん。」
「まぁそうだけどさ。」
波の音がやけに大きく聞こえる。
こんなに波の音って大きかったっけ、なんて思いながら椿は空を見上げた。
夏特有と雲が空をおおっているせいで、あまり綺麗には星は見えない。
けれど月だけはいつもと同じように明るい。
「俺、お前のことをさ好きって言ったじゃん」
「……言ったね」
「あのさ」
「うん。」
「付き合ってくんねぇかな」
ザザ、と波が音を立てる。
二人の間に沈黙が流れて、椿の動きも一瞬止まった。
好き、と言われるのは初めてではないはずなのになんだかいつもとは違う。
きっと、この海のせいだろう。
そういえば前付き合った時ってどういう感じだったっけ。
ていうか、このセリフなんか前にも聞いたことがある気がする。
動揺していた椿だったが、徐々に冷静さを取り戻してきて相手の顔を見た。
普段の裕人からは全く想像出来ない真剣な顔。
それから二人の間にはなかなか流れることのない不思議なむず痒い雰囲気。
真剣なことを言っている、それはわかるのだが。
椿は思わず吹き出した。
「……裕人……っ」
「何笑ってんだよ」
「あの、まって、それいうためにここまで来たの?」
どっかの小説みたいな。
映画みたいな。
ロマンチックと揶揄される夜の海。
けれど正直媒体で描かれるほど実際綺麗ではなくて。
それでも裕人が考えてこの場所に自分を連れてきたのだと思うと、おかしくて堪らなくなる。
キャラじゃない。
どころか、なんだか俺ららしくない。
みたいな。
知らず知らずのうちに真剣に考えている裕人を想像した椿はツボに入りそうだった。
「悪いかよ」
「ふっ、あはは、嫌だって……っぽくない……っ!ふは!そういうキャラじゃないし、そもそもそんな、間柄じゃないしっ」
「そういう間柄になりたいからだろ」
ゲラゲラと笑う椿とは対象に、ポツリと呟くように言葉を発した裕人。
しっかりと椿にもその言葉は届いて、椿の顔からは一気に笑顔が消えた。
「…マジ?」
「当たり前だ。本気で口説きに来てんの。真剣に、俺と付き合って。じゃなきゃこんなことしねーだろ」
「……確かに。」
何度も何度も言っていること。
けれど、こうやって真剣にぶつけられると絆されそうになるのは確か。
けれども椿の頭の中に浮かんでくるのは智。
「椿」
「……嫌だよ。俺いつも言ってるけど裕人のこと好きじゃないもん」
「好きじゃなくてもいい」
真剣に裕人が椿を見つめる。
椿は目をそらしながら首を振った。
「……ダメだよ……」
「好きにさせる。」
「無理だって、俺好きな人いるもん 」
「忘れさせる」
「裕人」
本気、なのは分かる。
いつだって俺のことを考えてくれる裕人。
裕人と一緒になれば幸せになれるのかもしれない。
だけど……。
「俺は裕人のこと何があってもそういう目で見れないから無理だよ」
「前付き合ってたじゃん」
ひどいことを言っている自覚はある。
裕人がだんだん椿の顔を見れなくなって顔を逸らしていく。
それを見ながら椿は口を引き結んだ。
そうだ俺、前この顔に負けていいよって言ったんだっけ。
数年過ごしてわかったけど俺は裕人を好きになることがないと思う。
恋愛対象ではないから。
それに、あの人が現れた今自分には余計裕人に心を傾けるのは、困難なことだと思える。
「それは……、あの人と出会う前だったから……。とにかく!俺はあの人しか好きになれないの!これからもこの先も!」
「……あいつはお前のこと選ばないぞ 」
突きつける現実。
突きつけられる現実。
「言われなくても知ってるよ 」
「決めつけんなよ」
「どっちなの……」
「そっちじゃねえ。俺のこと好きになる日だって来るかもしれないだろ」
「……出家するから大丈夫」
「頑なかよ!」
裕人はふざけて椿の背中を叩いた。
張り詰めていた空気が緩んだのは確かだったが、裕人はポケットの中で何かを握りつぶした。
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