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4月6日
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【Side.C】
この世界には、『鬼』と呼ばれる種族がいる。
夜な夜な現れては人を喰らう彼らは『人』と変わらない姿を持ちながら、『人』にあらず。
驚異の身体能力で空を自由に駆け回り、寿命も、永遠に近いと聞く。
そんな彼らに、嫉妬した。
「『鬼』って、本当に『人』を食べるんですか?」
建物の2階にあるこの部屋の、窓の外。
月の無い、暗い闇の中。
大きな木の、その枝の上で息を殺していた彼は、金色の目をまん丸にしてこちらを見た。
「…は?」
まるで、写真の中の満月の様なその瞳に、一瞬見惚れる。
思わず本物を求めて上を見上げたけれど、黒以外何も見えなかった。
「『人』って、食べたら美味しいんですか?」
「いや、知らねぇよ」
「え、知らないんですか?」
「『鬼』が『人』を食うっつーのは迷信だ。まぁ、殺しはするから変わらねぇか」
そう言って伸ばされた手の、先。
鋭く尖った爪に、彼が何をしようとしているのかを悟る。
「取引きしませんか?」
死にたくなんか、ない。
死にたくなんかないのに。
「警吏に見つかると面倒でしょう?僕は貴方をこの部屋に招き入れて匿う。貴方は少しだけ僕の話し相手になる。どうです?悪い取引きではないと思いますよ?」
何より好奇心が勝ってしまった。
「…」
丁度その時、タイミング良く響いた数多の声に彼が舌打ちする。
そして。
「少しでもおかしな真似してみろ、殺すからな」
「どーぞ?」
そして、ふわりと窓枠に飛び移った。
「いらっしゃいませ」
「…」
伝わって来る凄まじい緊張が、びりびりと肌を突き刺す。
きっと、彼の言く殺すという言葉には嘘がない。
少しでも怪しい動きをすれば、次の瞬間には首が飛んでいるだろう。
それが分かるから、正直、怖かった。
けれどやっぱり好奇心の方が勝っていたようで。
「ふふっ」
気がつけば口元がにやけていた。
「…」
そして、そんなだらしのない顔を見たのだろう。
金色の目が呆れた様に緩んだ。
「おっと、失礼しました」
「…お前、変な男だな」
「そうですか?」
ふっ、と。
肌を突き刺す緊張感が消え、彼はソファに腰を下ろす。
そして警吏の声が遠くへ消えて行くのを待ってから、口を開いた。
「なぜ、『鬼』である俺を助けた?」
「別に助けてませんよ。取り引きを持ちかけただけです。僕ね、前から『鬼』という種族に興味があったんです」
「殺されるかもしれないのに?」
「はい」
「…まったく、俺が本当に人殺しだったらどうするつもりだったんだ」
「つまり、貴方は人殺しではないのですね。安心しました」
「だから…あぁ、もういい」
頭を抱えてしまった彼は、ぐしゃぐしゃと短い髪をかき回す。
想像以上に『人』と変わらないな。
なんて事思っていると、ふと、その髪色が紺色である事に気づいた。
「…その髪の色と瞳の色。まるで、満月の夜ですね」
「は?」
秋の十五夜のようなその美しい色に、思わず手を伸ばす。
けれど。
「ああ、そうだ。お客様にお茶も出さずにすみません」
この手が届く事は無いと。
そう、思い出してその手を下ろした。
「は?…いや、別に」
「重ねて申し訳ないのですが、こちらまで取りに来て頂けますか?」
枕元に置かれた盆から茶器を取り、新しい湯飲みに注ぐ。
そして差し出すと、彼は眉を潜めてこちらを見ていた。
「…お前」
「すみません。僕はこんな足なので、一人では歩く事はおろか、このベッドから降りる事すらできないんです」
布団を捲ってやせ細った足を見せれば、彼は一層眉間の皺を深める。
それからゆっくり立ち上がって、湯呑みを受け取った。
「…悪い。俺は『鬼』だから、何て言えばいいのか分からねぇ」
「ふはっ、貴方は優しいんですね」
『鬼』である事は関係なく。
彼は本当に優しい性格なのだろう。
その事に気がついた時。
「ねぇ、『鬼』さん」
「…何だ」
「話し相手になってもらう期間を決めていませんでしたね?」
悪い事を、思いついてしまった。
「期間?」
「そうですね、秋が終わるまででどうでしょう?」
「は?」
「ふふっ、毎日とは言いませんから安心して下さい。偶にでいいですよ」
「…お前はアホか?来るわけねぇだろ」
「なら今すぐここへ人を呼びます」
「殺して逃げる」
「『人』を殺さないように隠れていた貴方が?」
「…」
「ねぇ、『鬼』さん。貴方達は、『人』より多くを知っているんでしょう?外の世界ってどんな感じなんですか?あ、桜って見た事ありますか、って、わっ!」
「おいっ!」
わざと使い物にならない足を見せつけて。
わざとベッドから落ちそうになって。
使える手は全て使う。
「あっぶねぇ…」
「すみません。ちょっと、興奮しちゃいました」
「…」
「それと、ついでにコレを人質にお借りしても?」
「…は?おい、ソレ」
「ふふっ」
そして油断しきっていた彼の体から奪ったのは小振りの脇差を、ちらりと見せてから懐に収めた。
「…おい」
家紋によく似た模様が入っている、いかにも大切そうなモノ。
装飾からして殺しには不向きのその脇差に目をつけたのは当たりだったようて。
「返せ」
その証拠に、彼の金色の目がすっと眇められた。
「返せと、言っている」
たったそれだけで、全身から冷や汗が溢れる。
たったそれだけで、死を覚悟させらる。
けれど。
「…返しません」
その恐怖を必死で隠して、笑ってやった。
「次、貴方が来てくれた時に返してあげますよ。それが嫌なら、今、ここで僕を殺して帰って下さい」
意地で、笑ってみせた。
「…」
鋭い爪が、まっすぐこちらに走らされる。
「…」
死ぬかもな、と。
そう思ったけれど、その爪は首の皮一枚の所で止まっていた。
「…ちっ、仕方ねぇな」
この優しい『鬼』は、やっぱり優しい道を選んでくれたようだった。
「俺が仕事でこっちに来た時だけ、寄ってやるよ」
「っ…!本当ですか?!やったぁ!」
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