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久保蓮司の話①
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なんで出勤しちゃったかなぁ。
パソコンの画面を見つめながら久保蓮司は深く深く溜息をついた。前につんのめった極端な猫背の姿勢は数時間前に彼のスタッフがからかったばかりだ。同じ姿勢のまま蓮司はもう一度溜息をついた。
「あのーっ、鬱陶しいんすけどっ」
「あーい、さーせーん」
「ボスは昨日帰ったんでしょ! 俺らのこと見捨てて帰ったんだからシャキッとしてくださいよシャキッと!」
数時間前はハイテンションに笑い狂っていたスタッフは、今度ばかりは殺気立った表情で蓮司を怒鳴った。蓮司は答えるために片耳だけ外していたヘッドフォンで再び耳に蓋をした。
感情の起伏が激しすぎるのはマトモに寝ていないからだ。納期が近くて編集作業は大詰め、この状況下でスタッフ二名を残してさっさと帰った自分は鬼といえば鬼だろう。
(なんで出勤しちゃったかなぁ)
蓮司はちっとも頭に入ってこない新人バンドのMVの同じ部分を何度も再生し直す。今日の蓮司の仕事は編集のチェックのみ。編集を軽視するつもりはないが、所詮、蓮司の性根はカメラマンだった。
ファインダー越しに世界を切り取るのがいちばん好きで、デジタルよりは断然アナログ派。アートディレクターとして現場を監督するのも嫌いではない。暗室での現像も好きだ。けれどパソコンでの編集作業がどうにも性に合わない。全ての色が発光する画面と細かな数字を見ていると頭が痛くなって眠くなる。
便利だとは思う。仕事上、なくてはならないものだ。時間と経費の節約という観点で見ても。
「分かった、コレ音楽とタイミング合ってない」
「え? 俺ちゃんと合わせましたよ?」
「うん、合ってない」
蓮司はもう一人のスタッフが仕上げたクロスフェードの位置を修正してみせる。その手付きを、仕上げた本人が背後から覗き見ていた。
「こーれは俺の指示の出し方が悪いね」
音源の出力をヘッドフォンからスピーカーへ切り替えて、もう何度聴いたか分からないぐらい聴いたフィルの少し前から再生する。ポップな衣装に身を包んだボーカルの女の子が徐々に薄くなり、短いカットでドラムからベースへと映像は忙しなく切り替わった。
「あ、なるほど。合わせるのはケツか」
「イエス、ケツ」
スタッフは見ただけで合点がいったらしい。これはやはり蓮司のミスだ。雑に描いたコンテには映像を切り替えるタイミングについての細かな指示が抜け落ちている。
合わせるのはケツ。
イエス、ケツ。
アタマだケツだと、業界ではどうということもない頻出の単語だ。
なのに口に出したら最後、もう頭の中がケツでいっぱいになって、そうしたら昨夜のシーナの尻が脳に焼き付いて離れなくなった。
「あああああああ」
蓮司は脱力してデスクに顔を突っ伏した。ギョッとしたようにスタッフ二人が振り返った。
出勤した時から考えないようにしていたのだ。のしかかった航平の横で揺れるシーナの長い脚とか。ヒクヒクと蠢くたびに中に注がれた大量の精液を吐き出す尻の穴とか。航平が激しく腰をグラインドする度に鳴き声をあげて、そしてある瞬間、シーナの脚はピンと伸ばされたまま空中に固定された。細い太股の向こう側でシーナが吐き出した精がキラキラしていた。びくり、びくりと吐精に合わせてシーナが身体を震わせる。それが収まらぬうちから航平はシーナの身体を裏返し、今度は後ろから突いた。シーナが本当に乱れ狂うのはそれからだった。ひっきりなしに悲鳴を上げ、四つん這いの身体を何度も跳ねさせた。
「赦して、赦して。ごめんなさい」と呂律の回らない口が何度も乞う。思えば航平がキレるのもそれからだ。
自分自身もシーナを抱いていながら、蓮司が思い出すのはモニター越しのシーナの痴態だった。きっと、シーナを抱いている時は殆ど理性などかなぐり捨てているから記憶に留まらないのだろう。
普段ならシーナのことなら喜んで抱き上げる双葉が脱力したシーナの身体を別の部屋へと引き摺っていく。シーナは泣きすぎてしゃくり上げていたが、双葉がそれに構うことはなかった。
この屋敷にいつから用意されていたのか、地下には双葉が使用する専用の部屋があった。まるで拷問部屋のようなそこへ放り込まれた瞬間、シーナは酷く嗚咽を上げて泣き崩れる。航平がここへ来ることは無い。乱暴にシーナを抱く航平ですら目を背けたくなるような凄惨な仕打ちがシーナを待ち構えているからだ。
蓮司は双葉を手伝って力の入らないシーナの身体を椅子へと座らせた。カメラを回しながら、気を紛らわせるために叩いた軽口は、しかし双葉から完全に無視された。
肘掛けに両脚をそれぞれビニルテープで固定する。開脚した中心では擦られすぎて赤く熟れた肉壺がはくはくと開閉を繰り返し、そのたびに航平と蓮司が放った白い精液を溢れさせた。それはぞっとするほど卑猥な光景だった。蓮司のカメラはそこから徐々に上へと向かい、そそり立つシーナのペニスを視姦する。シーナのそれは、勃起してしとどに濡れていた。
撮られることを決して好みはしない双葉が、蓮司のカメラを制止しない。それはシーナが望んだことであり、彼はシーナの望むことは大抵叶えようとする。
だからその後起こる非道な仕打ちも、きっと、シーナが望んだことだ。双葉はただ無表情に数々の玩具を使ってシーナを責め立てる。叫び狂い、もう射精することすらできなくなっても、その手を緩めることはなかった。
シーナの意向に沿うならば双葉を撮るべきだった。けれど、カメラは、蓮司の目は、シーナに釘付けられたままで、それはもう撮る者の本能だ。
シーナがどれほど泣き叫ぼうが、どれほど身体を暴れさせようが、本来の身体の限界を過たず淡々と責め続ける双葉と、それがいかに暴行まがいの快楽責めだとしても目を逸らすことなくカメラを回し続ける蓮司。それができるのは双葉が双葉である所以であり、やはり蓮司が蓮司である所以だった。シーナの配置したキャスティングは完璧だと思う。結局、踊らされているのは自分たちだ。
シーナは殆ど白目を剥いていた。拘束を解いた身体がずるずると椅子から落ちていく。蓮司はカメラを置いてその身体を引き上げ、再び座らせる。長身の彼を蓮司一人で支え直すのは結構な大仕事だ。気を失って尚、シーナの身体は小刻みに震えていた。
閉じきらない瞼の奥で瞳が上を向いて戻らない。汗で張り付いた色素の薄い前髪を掻き分けるため、蓮司はそっと指を伸ばす。額に触れた瞬間、シーナはびくりと身体を痙攣させた。
荒い呼吸と共に未だ唸る声が漏れ続ける。どこかから戻った双葉が酸素缶の吸入口でシーナの口元を覆う。
「効く?」
「さあ。気休めだろう」
双葉は酷く疲れ切った顔をしていた。疲れてはいたが、何の感情も宿しはしなかった。小刻みに震えるシーナの身体を、今度は大切に大切に抱き上げる。
彼の行動が「作業」ではなかったのは、この時だけだった。
最後まで再生して自動停止するまで止まらない。自分が撮ったのはそういうたちの悪い映像だ。
だから再生しないように、思い出さないようにしていたのに。
「帰るわー」
蓮司は溜息をつくと気怠げに立ち上がった。スタッフの一人がヘッドフォンをかなぐり捨てた。何事か喚いていたが煩いだけで内容までは蓮司の耳に届かない。きっと、寝不足なのだろう。彼も、自分も。
「レンさん、そういや電話ありましたよ」
「誰? 回してくれりゃ良かったのに」
「呼びましたけど。ヘッドフォンしたままぶっ飛んでたから」
「あーネ」
静かな方のスタッフがぶっきらぼうに蓮司を呼び止めた。
「ホワイトナントカの林田さんって人が」
「ホワイト・ゲシュタルトのベーシストッ! ちょっ、なんで代わってくんなかったんですかッ!」
「あんたに代わってどうするんですか」
「あー、うん。ホワイト・ゲシュタルトのハヤヤンね。ハヤヤンがどうしたって?」
スタッフ二人のじゃれ合いに発展しそうな会話を遮って蓮司は話の筋を戻す。シーナはもう目が覚めただろうか。あのままシーナが気を失ってしまったから、昨夜撮った動画をまだ見せてやれてない。
「ミザリーの『深海モノクローム』に出てたモデル、次のMVで使えないかって」
蓮司は困ったように眉を寄せて笑った。一年ほど前に撮ったミザリーというバンドの出世曲だ。そもそもミザリーの事務所も最初から気合いが入っていて、当時「深海モノクローム」のMVの一部は相当テレビCMで流れた。
「それってSHINAっすよね? ボスしか撮ったことないっていう伝説のモデル」
だから林田のように蓮司へ交渉してくる人間は山のようにいる。一年経った今でも。否、「深海モノクローム」のイメージが薄れた頃合を狙った今また増えつつある。
「俺だってあの時しか撮ったことねーよ。シーナはモデルじゃなくてシロウトさんだから」
「えっ、あれってシロウトなんですか?」
「うん。街で捕まえてそのままスタジオ連れてった」
あの頃はまだ、シーナは一人で外出することがあった。でなければ出会うこともなかっただろう。
雑踏の中で佇むシーナの姿は明らかに異質だった。
長身の美青年は衆目を引いたが、それだけではない絶対的な何かがそこにあった。人々はシーナへ視線を向けると、無意識に目を逸らし、彼を避けていく。蓮司もまた、シーナの足元に影を確認したほどだった。
――この世にあらざらん、美。それに対する、畏れ。
その時のことを蓮司は今でもはっきりと思い出すことができる。咄嗟にスマートフォンのレンズを向けたのは、シーナのいる空間を切り取りたかったのではなく、彼が本当に写真に写る存在なのか確認したかったからだ。
『急にゴメンね。君があんまり綺麗だったからさ』
『男に対する評価としてどうなんだろう? 僕は素直に喜んでいいのかな』
近寄ればその美しさに切り裂かれるのではないかと思っていた。だが、話しかけた蓮司に、シーナは人懐こく微笑み、それまでの人を寄せ付けない雰囲気を一変させた。シーナの受け答えは、声を掛けられ慣れている者のそれだった。綺麗だと言われるのにも慣れていた。けれど、蓮司にはそんなことはどうでもよかった。ただ、受け入れられ、包み込まれた嬉しさに舞い上がった。舞い上がってシーナをスタジオへ連れていき、午後から撮影予定だったMVのコンテを急遽切り直して無理矢理シーナの映像に差し替えた。
「連絡先とか聞かなかったんですか?」
それどころか今は一緒に住んでる。とは口が裂けても言えない。蓮司はただ笑って肩を竦める。
航平と双葉がシーナを閉じ込めるようになったのは、「深海モノクローム」のMVがテレビで流れるようになってからだ。そして、蓮司がシーナの暮らすあの家に通うようになったのも。
蓮司がセックスの記録以外でシーナを撮ったのはあれきりだった。
「ハヤヤンには後で折り返しとく」
それじゃお疲れ、と手を上げると蓮司はシーナの待つ家へと急いだ。
もし航平と双葉に捨てられても一人で生きていけるように。
ねえ、レン。
二人が僕のことを愛してくれた記録を残してくれないか。
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