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久保蓮司の話⑥
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蓮司はベッドに横たわってぼんやりとその光景を眺めていた。
出すものを出してしまえば後のことはどうでもよくなるから男という生き物は勝手なものである。そうはならない二人がおかしい。
すぐそばで、双葉と航平が未だシーナと交わっていた。
シーナはもうすっかり声が嗄れてしまって可哀想なぐらいだった。
「や……いやぁあ、また……っなんかっ……クる……! なんか……っぁああ……ッ」
一度に三人を相手すること三回。いや、最後の一回は蓮司が離脱しているからそれよりは少ない。けれど、相当な負担だろうことは想像がつく。
双葉の上に同じ方向を向いて座らされたシーナは、後ろから貫かれながら前を航平のモノと合わせて扱かれ、精液ではない何かを噴き上げて果てた。そろそろ限界のように見えたが、身体を反転されて横たわると、覆い被さる双葉に腕を絡めて求め続けた。
「も……やぁ……っ」
これには蓮司も双葉も苦笑するほかない。
「いやって言ってないよ、シーナの身体」
「いやぁ……いやああ……」
「嫌なのに抱きついてるのか」
「だって……っだって、なんか……アッ、あ……っ」
シーナは脚でも双葉の腰を絡め取って、全身でしがみついていた。その上、自分から腰を揺らしているのだ。
「良すぎてワケが分からなくなってる」
相変わらず双葉はくすくすと笑っている。普段、地下室で無表情に道具を使う彼の姿からは想像もできないことだ。
限度を超えた快楽責めには違いない。
けれど、いつも蓮司が撮るセックスとは全く異なっていた。
「いやならやめるか?」
優しく、優しく双葉が問いかける。そこで聞くのは反則だろう。見上げるシーナがビクリと身体を震わせた。蓮司は欠伸を噛み殺す。
「双葉ってさ、狡ィよな」
同じく抜け出した航平が、二人を挟んだ向かい側に転がって蓮司に言う。
「神経質そーな眼鏡かけて口煩ぇこといっぱい言ってさ、なのに脱いだらなんか結構ガタイいいし、眼鏡ないし、変に優しーとこあるし、ギャップ萌え?」
すぐそばのあからさまな文句も、今に限っては双葉の耳には届かないようだった。
双葉は質問したきり動きを止め、何度もシーナの髪を撫でていた。その手の動きからも、シーナのことが愛しくてたまらないのだと伝わる。そしてシーナは、そんなところに性感帯などあるわけもないのに、双葉に触れられるたび身体を小刻みに跳ねさせる。
(もしかして、イきっぱなし?)
だから双葉にしがみついているのか。
「あれ、城崎の方も相当つらいな」
「ぜってぇナカすげえことになってる」
二人でこっそりと笑い合う。シーナはともかく、聞こえているはずの双葉は完全に二人を無視してシーナを撫で続けていた。
「もっと……」
か細い声に双葉が手を止めた。せわしない呼吸にシーナの胸が上下していた。
「して、……奥、いっぱい……して」
蓮司は寝たままの姿勢で思わず首を起こす。
黙ったままの航平がどう感じたかは分からない。
シーナの小さな声をカメラのマイクは拾えただろうか。そもそもカメラはまだ回っているだろうか。ただ、そんなことが気になった。
「ああ……、アッ」
双葉の身体が深く沈み、シーナが擦れた声を上げる。
蓮司はそれ以上二人のことを見るのはやめて、そっと瞼を下ろした。
「申し訳ございませんでしたっ」
蓮司はベッドの上で正座して、頭をシーツに擦り付ける勢いで下げた。
まだ意識は半分眠っている。朝が早い航平と双葉がごそごそと出かける準備をする音に起こされ、なんだか分からないうちに土下座していた。
罪名、監督不行届。
「航平くんと城崎が正しかったです。連れ出すべきじゃなかった。俺の手には負えなかった、です。ハイ」
冷ややかに双葉が蓮司を見下ろしていた。双葉の反応は分かる。ある意味で予想通りだったからだ。
問題は航平の方で、「そらみろ」と得意げになるかと思いきや、彼は神妙な面持ちで黙ったままだった。
シーナはまだ眠っている。気を失っているのに近い。
航平はベッドに腰掛けてシーナの髪を撫でていた。
「あのさ……、すまん」
ふざけずに蓮司はもう一度、航平に向けて謝る。航平はようやく顔を上げて蓮司の方を見た。
「どんな風になったの?」
「……なにが」
「ミュージックビデオ」
「まだ編集してない。これからだし」
「そっか、まだ見れないんだ」
蓮司はベッドから降りてパソコンを起動させる。撮ったままの映像に音源だけ差し替えたものなら一応準備はしていた。それをスクリーンに映す。ホワイト・ゲシュタルトの曲は朝から聴くには重い。
そこには綾乃も写っているため十割増で気も重い。
「綺麗じゃん、シーナ」
コンテに合わせてざっくりと切り取っただけの映像は一曲分よりもはるかに多い。冗長に切り替わるシーンを眺め、蓮司は沈黙だけで航平に同意する。
シーナが綺麗なことなど、最初から分かっていることだ。
「なんか、キラキラしてんね」
「まだ編集してない。照明サンの腕がいいんだろ。それかスタイリストさん」
「そういうことじゃない」
感情の抜け落ちた声で航平が言う。妙な胸騒ぎがして蓮司は航平の方を見た。
視界の隅では双葉が壁に凭れて突っ立っていた。出て行くタイミングを逃したらしい。
「シーナ、生き生きしてる」
画面に釘付けられたままの航平に、蓮司は返す言葉もなかった。航平が何を言おうとしているのか理解できなかった。
「……もう大丈夫なんじゃないか?」
そして、双葉の言葉も理解できなかった。
「いつまでも許さないでいるの、航平の方がキツイだろ」
「……うん」
「ましてシーナの方には許される気がこれっぽっちもないときてる。つらくなんのはお前の方だぞ、航平」
「充分つらいし、最初っからつらかったよ」
蓮司には二人が何の話をしているのかさっぱり分からなかった。込み入った事情がありそうだが、どうにも面倒そうな臭いしかしない。
「けど、許したらシーナどっか遠いとこ行っちゃいそうでっ」
「だから、もう、大丈夫なんじゃないか?」
「……もう、ゆるしていいんかなぁ」
ぐず、と鼻を啜る音がした。航平は泣きながらシーナの髪を撫でていた。
「俺ァ部外者だし何の話してんのか分かんねえけどさ。俺がシーナくんに頼まれたのは、あんたらに捨てられても一人でちゃんと生きてけるようにって、どんな風に愛されてたか記録して欲しいって言われた。シーナくんの方からあんたら捨ててどっか行くのって想像しにくいんだけど」
「……逆、じゃん。一人になるために、準備してる」
「一年もか? もし、最初はそうだったとしてももうとっくに気が変わってる。じゃなきゃずるずる一年もセックス撮らせたりするかよ」
シーナは航平と双葉のことを手放したりしない。それは確信に近かった。そして、蓮司のことも解放する気はないのだろう。欲張りで、構ってチャンで、蓮司たちの上に君臨するのはとんだ女王様だ。
その寝顔がゆっくりと花開く。航平の手の下でシーナの瞼が持ち上がり、中の黒目が宙を彷徨った。
気怠い身体を起こすから、航平が慌ててシーナのことを支えた。前夜にたっぷりと責められたシーナは憔悴した面持ちで、それがまたぞっとするぐらいの色気を放っていた。
「……あの頃はまだ不安だったんだ。二人が、僕を置いていつかいなくなる気がずっとしてた。それを思うとどうしようもなく不安で仕方なかった」
いつから聞いていたのか、シーナは寝起きにしてははっきりとした口調で思いを語る。
ぐったりと航平に身体を預け、目を伏せた。
そして、蓮司の姿を探した。蓮司は無意識にシーナの方へと歩み寄る。
「レンが、僕の不安を取り除いてくれた。レンの撮った二人が、僕を安心させてくれたんだ。きっと、これからも安心させてくれる」
「シーナくん、俺のこと解放する気ないデショ」
「うん、ごめんね?」
シーナは即答して笑った。
(ホンット、とんでもない女王様だ!)
なんとなくそんな予感はしていたけれど、こうもはっきり宣告されると複雑だ。おまけになんだか面倒臭そうな臭いもぷんぷんしていて、航平だの双葉だの非常識なキャストまで揃っている。
「……畳の上で死ねない気がしてきた」
「ウチ、和室なんてないよ」
伏し目がちに笑ってシーナは航平から身を起こした。まだ起きあがるのはつらそうだった。
その身体に航平の視線が追いすがる。慎重にベッドの下へ足を降ろすシーナへ手を伸ばし、触れる直前でやめた。
「シーナ、俺もう許したい」
「航平は解放されたい?」
その瞬間、二人の関係性がはっきりと分かった。
過去に何があったかは知らないが、シーナは許されないことで航平を繋ぎ止めようとしている。
航平を縛るのは憎悪の鎖だ。
「シーナ」
双葉はそのあたりの事情も知っているのだろう。鋭い声は珍しくシーナの方を咎めていた。
「ごめん」
「……うん」
「僕の甘えだと思う。……ごめん」
愛され続けるよりも憎まれ続ける方が容易いとシーナは踏んだのだろう。その考え方は分からないでもない。
けれど、許される側が主導権を握っているのはどう考えてもおかしな話だ。航平を縛る憎しみの鎖なら、もうとっくに切れているように見えた。
「わかった」
航平が泣きそうな顔でへらりと笑い、シーナが安堵したように息をつく。二人して、好き好んで錆びた鎖に括りつけられているのなら、蓮司の出る幕ではなかった。
或いは。双葉あたりは期待したのかもしれない。何も知らない蓮司が空気も読まずに鎖を断ち切ってしまうことを。
だが生憎蓮司は面倒事が嫌いで、そこまで親切ではなかった。
四、五回ループしたホワイト・ゲシュタルトの音楽が鳴り止んでいた。スクリーンはシーナと綾乃が手を重ねたところで停止している。
それを、シーナが見つめていた。つられたように三人もスクリーンへと視線を向けた。綾乃の姿を見ると胃がキリキリと痛んだ。
蓮司はそっとパソコンへ向かった。いつまでも垂れ流していたい映像ではない。
「あの子が」
再生ソフトを遮断しようとしていた手が止まる。呟いたシーナは綾乃を食い入るように見つめていた。
「あの子がレンに色目使って、それがすごく嫌だった」
ぎくり。
「レンが鼻の下伸ばしてて、腹が立ったんだ」
ぎくりぎくり。
「……それが、理由か」
冷たい双葉の声に冷や汗が噴き出る。
うん、とシーナが微笑んだのを合図に、蓮司はソフトを終了させた。
振り返り、双葉の方を見る。目が合った瞬間、双葉がにやりと笑った。嫌な予感しかしない。
「シーナ、久保を見張っておく必要があると思わないか?」
「なんでそうなる」
「レンはね、すっごくモテるんだ。スタジオでいろんな人がレンに話しかけるから気が気じゃなかった」
「いやいやシーナくん?」
モテません、過去にちょっと遊んでただけです。というより現場監督なのだからいろいろな人が話しかけてきて当たり前だ。
(仕事だ、仕事!)
「それはシーナも心配だろう。俺も航平も、久保が誰とどうしようがどうでもいいが……シーナはそうじゃないだろ?」
「城崎さーん?」
シーナは真面目な顔で深く頷いた。この会話がどこへ転がっていこうとしているのか全く分からないが、蓮司にとって良くない方向へ向かっていることは確かだ。「俺は他のやつとセックスしたレンちゃんがシーナのこと触るのやだ」と不貞腐れた航平の意見などバッサリ無視して双葉は続ける。拾われても困るが、まるで聞こえていないかのように航平へ視線すら向けなかった。
「シーナが監視すればいい」
はっとシーナが顔を上げた。蓮司もようやく双葉の真意に気付いて顔を顰めた。
「それって」
「……この家から出てもいいってこと?」
シーナの声は震えていた。それが、喜びからなのか不安からなのか蓮司には分からなかった。
分かるのは、双葉がシーナと航平の間にある錆びた鎖をほんの少しだけ緩めようとしている、ということだ。
「仕方ないだろ。久保に仕事やめてここに籠ってろとは流石に言えないからな。おまえがついていくしかない」
「あんた人の話聞いてたか? 俺はっ、手に負えないっつった筈だけど!」
「勘違いするな。あんたがシーナの監視に失敗したことなんざどうでもいい。シーナがあんたのことを見張るんだ、何の問題がある?」
「問題ありまくりだろっ!」
「なら問題点を具体的にどうぞ」
「ぐ、ぐたいてきっ?」
双葉はちらと壁の時計に目をやる。朝の忙しい時間帯にする話ではない。
「後の話は二人で決めてくれ。俺はシーナと航平が決めたことならそれに従う」
じゃ、と双葉は部屋を去っていった。残された蓮司は漫画のようにあんぐりと口を開けてそれを見送る。
仕事場までついてくるとなれば、それなりの社会的理由が必要だ。職場にオトモダチだの男のコイビトだのを連れて回る訳にはいかない。
(そうなりゃ俺って雇い主、だよな……?)
それなのにシーナと航平の二人で決めろとは一体どういうことなのか。
舐められすぎにもほどがある。
「えっと……よろしくお願いします」
厄介事が頬を染めてぺこりとお辞儀した。肝心の航平は騒ぐどころかうんともすんとも言わない。
ここにはヒエラルキーが存在する。
頂点に君臨するのは欲張りで我侭な女王様。
次に続くのが航平と双葉だ。
蓮司は最下層の奴隷といったところか、女王様に言われれば首を縦に振るしかない。
(ジーザス!)
いや、航平も双葉も、本音のところでシーナに逆らえない。奴隷という意味では二人の方がよほど上をいく。ここじゃみんな仲良くシーナの奴隷だ。シーナを閉じ込めているつもりでシーナに囚われている。
けれど双葉は一歩、踏み出した。
航平の手を引き、蓮司を巻き込んで。
何か変わるのかもしれない。
それがいい方向なのか悪い方向に転がっていくのか蓮司には分からなかったが、彼らの救いになればいいと思った。
――久保蓮司の話、了
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