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ビギナー3
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(神田語り)
バイトまでの道すがら、このもやもやを葵さんへのメールにしたためた。以前に長いメールも送ったことがある。その時も葵さんは丁寧な返事をくれた。
葵さんはゆっくりでいいからって言ってくれるけど、肝心の晴馬先生は急いでいるように見える。
俺が躊躇している間に、愛想を尽かされたらどうしようっていつも考えてしまう。俺みたいな子供を遊び半分で相手にしているだけなんだ。揶揄い半分、暇潰し半分かな。じゃないと飽きられて捨てられた時、ショックが大き過ぎて立ち直れないと思う。
本当は春馬先生がすごく好きだ。その気持ちが上手く伝えられなくて歯痒い。俺にもっと語弊力があれば、少しは伝わるのかな。国語が1番苦手な俺が、国語の教師に伝えられることは小学生並みに等しい。一生懸命伝えても、笑われて終わるだろう。
俺は恋愛の仕方を全く知らないから、どうやったら相手が喜ぶのか、愛しく感じてくれるのかが分からない。『好き』な気持ちだけでは、世の中を渡れないことぐらいは承知している。ましてや相手は大人のベテランだ。
バイト先のコンビニ前には、仲睦まじく歩いている恋人同士がいた。どうしたら軽く手を繋いだりできるのだろうか。店内にも仲が良さそうなカップルがいて羨ましく思った。好きな人と一緒に居ることは疲れないのかな。俺はドキドキして息を吸うにも苦しいというのに。
「あのう、ピザまんください。」
ぼーっと考え事をしていたら、レジにお客さんが来ていた。事務的にピザまんをスチームマシンから取って差し出しても相手はなかなか受け取ってくれない。どうしたものだと、お客さんの顔を見ると、なんと葵さんだった。びっくりして落としそうになり、両手で受け止めてもらう。危なかった。
「神田君、考え事しながらやってるとミスしちゃうよ。大丈夫?」
「あ、あ、葵さん……お久しぶりです。」
「メールの内容があまりにも暗いから心配して来ちゃった。どこのコンビニか先生に聞いたんだけど、案外憶測でも分かるもんだね。急にバイトが休みになって、これから時間があるんだ。神田君は何時終わり?ちょっと話でもしないかな。」
こげ茶の瞳が俺をじっと見つめた。こんな時まで無駄に綺麗でクラクラする。
30分程で終わることを伝えると、外で待っているからと葵さんは出て行った。
葵さんはいつも落ち着いているように見える。俺の憧れの人だ。やはり葵さんを見習うのが1番の近道かもしれない。
慌ててバイトを終え、コンビニの外へ出ると葵さんが知らない誰かと話していた。
スーツ姿で重そうな鞄を下げている、怪しくて冴えない中年サラリーマンだ。
ピチっと横分けをした珍しい髪型をしている。僕に気付いた葵さんが手を振ると、そのおじさんは礼儀正しくお辞儀をして去って行った。動作が機敏で無駄がない。
「あの人は誰ですか?」
「あの人はね、少し前にお世話になった知り合い。神田君には関わりのない人だけど、轟さんっていうんだよ。とある業界では有名な人でね、家がここの近くなんだって。偶然会えるとは思わなかった。ある人の追っかけで、今度はイギリスに行くらしいよ。凄いよね。熱意が半端ない。」
「……ある人?誰ですか?」
「それは内緒。神田君が大学生になったら会わせてあげるよ。まだ君には早すぎる。」
「俺、大学生になる予定が無いですから、今教えてくださいよう。何してる人っすか。」
「えっ、神田君、大学に行かないの?南高校に行っていて有り得ないでしょ。勿体無くないかな。」
「もう勉強はしたくなくて。家のために働きたいんです。」
俺の家は父子家庭だ。
物心ついた時からばあちゃんが母親代わりだった。今は離れて暮らしてるけど、ばあちゃんの足腰が弱ってきて、自由に買い物ができなくなってきている。
早く働いて、経済的にもばあちゃんを助けてあげたい。そう思うのは間違いだろうか。
まだ誰にも言ったことのない進路を聞いた葵さんは、とても驚いていた。
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