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ビギナー9
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(神田語り)
熊谷先生に引っ張られて、半分べそをかいて国語準備室前へやってきた。
まずい。心の準備ができていない。春馬先生に会う顔がない。
3日前は、あまりのショックでその場で大泣きしたら、困り顔の春馬先生が黙って家まで送ってくれた。別れ際に『ごめんな』って言っていたけど、本当は少し怖かった。動揺した俺も悪いと思う。家で汚れた下着を洗いながら情けなくてもう1回泣いた。
泣きすぎて目玉が溶けるかと思った。女みたいにピーピー泣いて、自分が一層嫌いになった。
「おー、片桐はいないな。弓道部に行ってるか。そこに座って。ったく……あいつは神田に何してんだ。俺が葵に怒られるんだよ。だからタラシは困るんだ。何をしてもいい訳がないんだから。物事には順序があって、石橋は叩いて渡るものだよな。全然分かっちゃいねえ。」
熊谷先生がブツブツ文句を言いながら、温かいココアを淹れてくれた。
貰ったんだと、ラスクも出してくれた。白くて軽いそれは、口に入れるとホロっと溶けて甘さが一気に広がった。糖分が心の緊張を解いてくれる。ココアもとろりとして美味しかった。
「大体のことは見当がつくんで、深くは聞かないが、嫌だったら俺か葵にすぐ言えよ。葵が凄く心配していたから、連絡だけはしてやってくれないか。」
「……ふぁい。わかりました。これ、美味しい。」
「食べたいだけ食べるといい。俺はここで仕事してるから。」
熊谷先生も優しいところがあるんだなと、仕事に戻った背中を見ながら思った。
ココアを飲みながら、しばらく静かな時間が流れる。ぼんやりと夕方の空を眺めていたら、落ち込んでいた気持ちも上を向き始めた。
人生はまだまだ長い。こんなことで落ち込んでいたら、キリがないとポジティブになってきたのだ。あんなに悩んでいたのに、お菓子1つで一転する自分の単純さに助けられた。
そんな俺を見越したのか、熊谷先生がいきなり振り向いて意味深な顔で俺を見た。
「で、具体的に片桐から何をされたんだ?何をやったらあんなに避けるんだ。」
「深く聞かないって言ったじゃないですか。」
「なんかさ、神田の顔色も良くなったし、今なら話してくれるかと思って聞いてみた。」
「…………内緒です。熊谷先生には教えません。葵さんには報告しますけど。」
「はいはい。葵に言えるまで回復したなら安心だよ。」
鞄に入っていた携帯を取り出し、葵さんへ返信を送る。心配させたお詫びと感謝の気持ちを文にした。最後に、春馬先生とのことも簡単に説明した。見たらびっくりするかな。それともこんなことで泣くのか、とか思うのかな。読み終えた葵さんの反応が知りたくなった。
丁度メッセージを送り終えた時、タイミング良く携帯が着信したので物凄く慌てる。無機質に響く着信音に、身体が跳ねた。
着信主は『父さん』だった。こんな時間に珍しい。
熊谷先生の驚き方に笑いながら、軽い気持ちで電話に出ると、まさかの内容に俺は震える。激しい動揺に持っていた携帯を落としそうになった。息の仕方を忘れて喉がヒューヒュー鳴り、心臓の鼓動が早く強く波打つ。
ばあちゃんが倒れたと、電話向こうの父さんがしきりに何か言っていた。
頭が受け入れを拒否してるかのように、他は何も聞こえなかった。
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