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ビギナー12
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(神田語り)
このままおばあちゃんが目覚めなかったらどうしよう。真っ黒でコールタールのような恐怖が俺の足下まで迫っていた。背中からやってきて、凍りつきそうな冷たさで俺を覆う。
窒息しそうで思わず春馬先生に縋ってしまったけど、果たして良かったのか、車の中で悶々と考えた。スマートな横顔はあれから何も言わず、涼しい表情で運転をしている。
『襲うよ』と言われて、3日前の光景が頭に浮かんだ。確かにあの時は怖かったけど、今は愛しさが優ってる。この人は信じても大丈夫だと、底知れぬ確信が湧いてきた。
寂しくて不安な時は、頼りになる人に側にいてもらう方がいいんだ。ばあちゃんがいつもそう言っていた。春馬先生と一緒にいると安心してホッとする。それが答えだと思った。
だから、平気だ。
何が起きても大丈夫。春馬先生は俺の嫌がることは……たぶん、しないと思う。
今晩は春馬先生の家へおじゃますることになった。お願いしたのはこちらなので、俺の家でも良かったのにと、申し訳なく思う。
軽く夕飯を済ましてから、お菓子や飲み物を買いにコンビニへ寄った。その後、そびえ立つタワーマンションへ車は入って行く。ええええ、ここが春馬先生の家?
近くは通ったことはあるけど、当然入ったこともない。住んでる知り合いも居ないから、俺には一生関わることの無い場所だと思っていた。地下駐車場のゲートが自動的に開いて、夢の世界への扉かと錯覚してしまう。
「先生、こんなとこに住んでるの?」
「あー、うん。教師の安月給ではこんなとこ住めないよ。先生のお父さんのものを借りてるんだ。」
「すごい、かっこいいっ。春馬先生すげーよ。」
「…………紘斗が単純でよかったよ。」
「失礼だな。俺は単純じゃ無いっ。複雑だからね。」
「おっ、対義語分かってんじゃん。えらいね。いいこだ。」
また馬鹿にされた。春馬先生も熊谷先生も、知っている大人は俺をよく揶揄う。
別にいいけど。今日は気にしないことにする。
先生の家は上層部分の40階にあった。エレベーターの乗り心地や高さにいちいち驚いている俺を見て、春馬先生は苦笑している。
まだ上には部屋があるようだ。高ければ高いほどその人のステイタスになるらしくて、俺には全く関係のない世界だと、ただ感心するだけだった。お金持ちの価値観が全く分からない。
低い方がすぐ出掛けられるし、火事になっても逃げ遅れない。考えれば単純なのに、分かってない人もいるんだな。いつかばあちゃんにも教えてあげよう。
室内はシンプルだった。雰囲気は熊谷先生の家とさほど変わらないが、広さは全然違った。部屋数も倍あると思う。
1人で住むには寂しくないのかなと心配するくらいだ。独り言がかえって響きそうだ。
「紘斗。疲れただろう。先に風呂に入っておいで。着替えはこれを着てくれるかな。」
見るからに大きな空色のスウェットを差し出された。
「これ、大きくない?着れるかな……」
俺は成長途中でまだ背が伸びるはずだから、ゆくゆくはピッタリになると思うけど、今はチビだからしょうがない。
「ごめん。これしかない。もうちょっと背が伸びればいいんだけどな。あと5センチは必要かな。」
「ひゃっ、はっ…………」
いきなり目線を合わせるように覗かれて、心臓が跳ねた。
しまった。タワーマンションに浮かれていたけど、春馬先生と2人きりだ。
しかも病院で意味深なことを言われたんだった。近くに寄った春馬先生の顔にドキドキしながらスウェットをもぎ取って風呂場へ急いだ。
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