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夢の外へ1
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(葵語り)
春がそこまで来ている。
大学は1月の終わりから休みに入っていた。バイトして、先生の家に帰って、寝て、バイトしての繰り返しだ。まだまだ大学受験は終わりそうになく、先生は忙しそうだ。先生は3年生の担任ではないが、シーズンが終わるまで学校全体が落ち着かないのだそうで、進学校は大変だとボヤいていた。その点俺の母校は良かったなー、と花粉症でうまく働かない頭で考えていた。
周りに言われて大学へ進学したけど、良かったのかどうか分からない。将来に対する回答を出すための猶予を延ばしただけの気がする。
大学生は気楽だ。バイトすれば、そこそこ小遣いも稼げる。恋人と友達と、自分の事だけを考えていればいい。甘やかされているこの生活は、居心地が良すぎれば良すぎるほど、いつまでも続くものではないと教えてくれた。もうじき終わりを告げ、否応無しに社会へ放り出されるのだ。
俺はこのままずーっと、先生と一緒に四季を感じる毎日を過ごしたい。のらりくらりと漂うように、先生に包まれて優しさの中に浸っていたかった。
将来を見ないフリをして、俺は春休みを謳歌していた。大学生活は折り返し地点に来たばかりだ。まだ半分も残っている。
その日は、久しぶりに野田さんと先生の3人で食事に来ていた。正確には、先生と野田さんが飲むところに無理矢理お邪魔したのだ。
大人2人に囲まれて、楽しくお酒が進んでいた。
先生と座敷に並んで座ると、もっと近くに座りなよと指で合図されて、嬉しくて寄り添った。それを何にも言わずに酒の肴にする野田さんは、当初こそ引いていたものの、今になっては俺と先生がいちゃついていても、空気みたいに流してくれる。先生曰く、数少ない有難い友人だ。相変わらず彼女は居ない。
「葵君は、春から大学3年生になるんだ。へー、早いもんだな。じゃあ、就活始めなきゃだな。」
「就活…………?」
首を傾げて、ビールをぐいっと煽ってみた。
楽しい酒の席に現実が顔を見せた。この2文字はどこまでも俺を追ってくる。
「おい、可愛子ぶったって『就活』の単語は聞いたことがあるだろう。葵だって働かないといけない。社会に出て、給料を貰って、ストレスと闘うんだよ。だけど、お前がスーツ着てどこかに勤めるとか、全然想像つかないな。」
俺もどこかでサラリーマンをやれる気がしない。同級生達が準備をするために、色々と下調べをしているのは知っていた。学内セミナーも春から始まる。でも動く気はなかった。
「俺、働きたくないよ。大学院に進もうかな。」
「馬鹿だな。大学院だってみんな進学出来る訳がないんだ。真面目に勉強している生徒の中で、選考された者だけが行けるんだぞ。仲の良い教授とかいるか?めちゃくちゃ勉強したいこととか、聞いたことがないけど実はあるとか。」
「いない……し、勉強嫌いだもん。」
先生と野田さんが顔を見合わせて笑った。
「葵君、じゃあさ、就職とか関係なく、やりたいこととか無いのかな?」
野田さんの質問は返答に困る。
やりたいこと……やりたいこと……そんなの、先生絡みのことしかない。
「先生と一緒に住むこと……かな。」
「はははっ。祐樹、愛されてるね。もうこれは嫁にもらって専業主夫しかないんじゃない?葵君には似合いそうだ。別に本人さえ良ければそういう進路も有りじゃない。」
先生が困ったように頭を抱えた。
「駄目だよ。とにかく、何かしら進路を決めないと、一緒に住めないよ。葵を養うのは構わないけど、大学まで出してくれた親御さんに申し訳ないだろうが。専業主夫は結果であって目的ではない。あと2年あるからとにかく進路は自分で決めろ。」
「えぇー、駄目なの?働かなくちゃいけない?絶対に?」
「当たり前だ。これからはお前が社会に恩返しする番なんだぞ。若い力が日本を動かすんだ。」
先生はお酒が入ると説教に拍車がかかる。耳で聞きながら、ビールで流した。
ぬるくて、とても飲めたもんじゃなかった。
大学生活前半があっという間だったように、後半もすぐ終わる。大学進学みたいに取り敢えずで決められない予感はしていた。
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