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海へ出た初夏の旅4
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(熊谷先生語り)
なんというか、葵が可愛くてしょうがない。疲れた身体を引きずって実家に帰ってきた甲斐があったと、思わぬ収穫にほくそ笑んでいた。さっきからぷりぷり怒ってるのが堪らなく愛しいのである。
母さんに着せてもらった浴衣は白地にかすれ十字という模様で、肌の白い葵にはよく似合っていた。なんの目的か、襟足から胸元が普通より開いているように見えて、それもまた色っぽい。アクセントになるダークグレーの帯は、いつもの中性的な雰囲気から一気に男らしく見せていた。
これで女の子を連れていたら、目を惹くようなカップルになっただろう。
葵はさっきから俺の前を怒り肩でスタスタと歩いている。時折、借り物の雪駄で転びそうになっていて、その度に形の良いお尻が浴衣越しに分かり、俺は後ろからにまにましていた。
そう言えば今朝はキスしかしていないと、性的な目で見ている俺の視線を察知したかのように、葵が振り返った。
「さっきから、何にも話してくれないよね。雅人さんのお姉さんのこと、まだ怒ってるんだけど。どうにか言ったら?」
涼しい初夏の風が、潮の香りと共に爽やかに吹き抜けた。ほんのり汗ばんでいた身体をやんわりと包んでいる。
「ごめん……話した俺が悪かった。後味悪いよな。」
俺だってトラウマになるくらい強烈な経験だった。あれは8割方レイプだし、暫く女が怖くて、部屋に鍵をかけていた。それを葵に話してもしょうがない。そんな話をしてしまった自分が悪いのだ。
俺は手を伸ばして、浴衣の生地を手元に優しく引いた。歩いていた足が止まり、葵が俺を見上げた。俺の服をぎゅっと握って、切なそうに吐き出した。
「先生の家族はみんな優しいけど、俺の知ってる先生がいないのが悔しくて寂しい。俺は余所者なんだなって……」
「…………そうか。」
キョロキョロと辺りを見回し、抱きしめたい衝動を抑える。どこに知り合いが潜んでいるか分からないからだ。性癖にくるような格好と、ヤキモチを含んだ言葉に下半身が重くなったが、グッと堪えて指の腹で葵の頬を撫でた。
「本当に悪かった。過去は過去なんだ。卑屈になってもしょうがないよ。これからお祭り行くんだろ?折角だから楽しもうじゃないか。浴衣もすごく似合ってる。ここが地元じゃなかったら押し倒して脱がしたいくらい。それくらい格好いいよ。葵に怒った顔は似合わない。」
「んもう、そんなことばっかり言って。先生……大好きだからね。地元でも俺のことを忘れないでよ。ほら、屋台が見えてきた。」
機嫌良くはにかみながら葵が返事をしたので
取り敢えず安心する。最近になって『大好き』と口に出すようになった。スネる行為も最高に可愛い。
町のメインストリートには屋台がズラリと並び、夕方の道を明るく照らしていた。美味しそうな匂いに葵の目がキラキラと輝きだした。夜は親父の誕生日会があるので、お腹いっぱい食べちゃダメよという母さんの忠告を守れるか心配になってくる。
たぶんこの人混みの中にも俺の知り合いはいる。後ろめたいことは全くないが、葵がどう捉えるかは別問題だ。
きっとあれだな、愛と誠意があれば何でも乗り越えられるんだ。と、柄でもない暗示をかけてみる。遠かれ早かれ俺の過去はバラされていくのだ。
「おー、クマじゃん……1年ぶりかぁ?」
酒屋の前で冷甘酒や、日本酒の飲み比べセットを売っている男から声を掛けられた。高校の同級生であんまり会いたくない奴だった。
にこにこ笑って通り過ぎようとしたら、店から出てきて俺の前に立ち塞がる。
「な、なんだよ。」
「あのさ、ずっと聞こうと思ったんだけど、あの時のお見合いどうなったんだ?お前の顔見て思い出したわ。隣町の組合長の娘さん。すっげー美人だったやつ。もしかしてそろそろ結婚すんのかなと思って。」
その時、声にならない叫びというものを初めて体験した。腹の底から湧き出る悲しい叫びだった。
お見合いの話は、葵は全く知らないのだ。
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