アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
海へ出た初夏の旅5
-
(熊谷先生語り)
『お見合い』の単語に冷や汗を掻いた。
1年くらい前に、漁業組合経由で回ってきた話で、俺が断る前に向こうから縁が無かったと破談にされたのだ。
しかも、見合い自体も親父にハメられた。結婚して孫の顔を見たかった親父は、俺を騙したのだ。少し品のいい料亭で食事をするからと連れられたところに彼女がいた。見合いという畏まった感じではなく、一緒にご飯を食べて、解散だった。
後から聞いたらお見合いという名の会食で、結婚を前提にどうかと親父に言われた。俺には葵がいるし、怒りたかったが喧嘩になるのは必然だったため笑って流した。
確かに綺麗な人だったから、こんな街に不釣り合いだなぁと思ったのは事実だ。という話をこいつにした気がする。
終わった話を掘り返されても困るんだが、投下された爆弾は戻って来ない。
「あー、あれは向こうから断られたから。」
左側にいる葵の表情を見るのが怖かったが、とにかく断られたことを強調した。さっきの童貞話からの流れは最悪だ。ヤンチャしていたのは昔の俺であって、今の俺は働き盛りの一途な男なんだよ。そこはわかって欲しくても、葵には余裕がないだろう。
「なんだ。クマでも断られるなんて、よっぽどだな。」
「そんなことないさ。俺はあんまりモテないから、今だって独り身だし。」
「謙遜すんなって。クマは昔っから女に不自由したことないじゃないか。お前が言うと嫌味に聞こえる。俺もそろそろ……」
嫁が欲しいだの、子供が欲しいだの、人生設計を暫く苦笑いで聞いていた。あまりに手持ち無沙汰だったので、無意識に葵の手を取ろうとしたら、指が宙を描く。人がどんどん増えてきて、喧騒の中に埋もれるような錯覚を覚えた。
隣には誰もいなかった。白い浴衣の葵は忽然と姿を消していた。
葵……………どこに行った?
人が多すぎて通行人をゆっくり目視することができない。目は葵を探していたが、身体は走り出していた。商店街に並んだ出店が放つ灯りはキラキラとして、夕方の町を包んでいる。
出店群から抜けて、裏道へ入る。葵だったら人込みから抜けるだろうと、安直な俺の考えで、暗い細道を探した。
角を曲がった時、白い裾がひらりと見える。
「あおいっ……待って。」
雪駄のパタパタという足音が耳に入り、あっという間に遠くへ行ってしまった。
若いだけあって、足は速い。本気で逃げようとしてる奴に追いつけるとは到底思えなかった。
とにかく探すしかない。
知らない土地で迷子になってしまう。
落ち着こうと、タバコに火を付け、携帯のGPSアプリを展開した。ものの見事に葵の方のアプリが切ってあり、そこから探すのは不可能だった。
しかも携帯の電源も切れていて、予想される修羅場に俺は深いため息を吐いた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
147 / 161