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海へ出た初夏の旅7
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(葵語り)
雅人さんの言った通り、室内はカウンターのある居酒屋だった。玄関でスリッパに履き替えると、隣に座るようポンポンと椅子を叩いて呼ばれる。素直にそこへ腰掛けた。カウンターは5席ほどの小さい店だ。比較的新しく、スッキリしている。
「俊(しゅん)さん、こちら葵君。前話した祐ちゃんの恋人。で、ここの店主で小学校から先輩の俊さん。年は俺より4つ上だから、祐ちゃんの2歳上。それで俺は雅人ね。春子さんが入院した時、病院で口説いたんだけど覚えてないかな。あの時は結構本気だったのに、悲しいわ。」
「少しは…………覚えてます。」
「雅人。まだ昼間なんだから、そういう話は後にしてくれ。初めまして、葵君。何飲む?ビールでいいかな。」
俺が頷くと、生ビールの入った小さなジョッキが目の前に置かれた。汗をかいた分厚いガラスに入っているキラキラした炭酸はとても美味しそうだ。
このお店は、俊さんが趣味で自宅を改装してやってるもので、仕事のない週末が営業日らしい。今日はお祭りだから、客も少ないんだと俊さんがお通しを出してくれた。茶色く見える枝豆だ。痛んでるのかとじぃと観察していたら笑われた。
「それは茶豆だよ。枝豆より味が濃いんだ。旬はまだだけど、食べたくなったから買ってきた。ビールに合うんだ。」
ぷに、と出した茶色の豆を含むと適度な塩分と濃厚な味が口に広がった。
「美味し……これ好きです。」
「だろだろ?葵君も沢山飲みなよ。金は雅人から貰うから、遠慮はいらない。趣味の店なんで利益は無いようなもんだから。」
「えっ、まぁ、葵君の分なら喜んで払うけど。ところで祐ちゃんはどこ行ったの?喧嘩して逃げてきたなら、今頃探してるんじゃない?」
「いいんです。あんな人は放っておいても。」
「はははっ、佑ちゃん何やったんだろ。葵君って、愚痴とか言うタイプではなさそうだから、不満が溜まってそう。教えてよ。同じジェンダー同士分かることもあるかもしれない。恋バナ好きなんだよね〜。」
雅人さんは、自分は男にしか興味がないと断言した。まぁ、俺もそうなんだけど、敢えて人前で宣言することに尊敬する。
なら2人は恋人同士なのかな……と俊さんを見上げると、察した俊さんが、慌てて手を振りながら訂正した。
「俺は違うから。ついこの間まで嫁さん居たし、女が好きだからな。こいつとは腐れ縁なんだ。そういう安易な考えはやめてくれ。俺はノーマル。まかり間違っても雅人とは無理。」
「俊さんは昔に色々アタックしたけど駄目だった。もう撃沈済みだよ。さあさあ、飲んで聞かせて。」
「はい。いただきます。」
「いい飲みっぷりだ。」
ジョッキを一気に煽り、喉にビールを流し込む。ジョッキに付いた水滴が落ち、白い浴衣にシミを作っている。生ビールが初めて美味しいと感じた瞬間だった。
お刺身の盛り合わせを食べながら、気分が乗った俺は、先生のお見合いについて話をした。口にすると、複雑な感情が解けていくように俺の気持ちも整理されていった。
俺には女の子には負けたくないという意地みたいなものが根にあるようで、それを刺激されると無性に腹が立ってくるのだ。
「えぇーっ、葵君に黙ってしてたのは酷い。そのお見合い、結構話題になったんだよ。相手が有名なお嬢さんで、祐ちゃんもとうとう結婚かって噂があったの。あぁ、まだ葵君のことは知らなかったからね、今は微塵にも思ってないよ。」
「いいんです。分かってますから。こんなことで怒るって、俺は小さい男ですよね。」
「いいや。祐樹が悪い。あいつは昔っから自分に関して物事を軽視している。もっと怒っていいんだぞ。ほら、お代わり。」
俊さんが新しいビールジョッキを差し出してきたのでそれを受け取る。
分かってくれる人に話を聞いてもらう。こんなに心強いことはないと思う。しかも先生を幼い時から知っている人達は、とても親身だった。
遠い田舎町で、愚痴を吐き出しながら気分良くお酒を飲む。多分、こんなに飲んだのは人生に数える程しかない。
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