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海へ出た初夏の旅9
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(葵語り)
カウンターから突然俊さんが出てきて、雅人さんの頭をラップの箱で叩いた。ゴンっと鈍い音が響いて、雅人さんが頭を抱えて蹲る。驚いた俺は弾かれるように離れた。我に返って乱れていた浴衣の裾を直し、唇を手の甲で拭う。
ヤバい。流されそうだった。俊さんが居てくれてよかった。
「やめろ。雅人も悪ふざけすんな。これ以上やるなら店の外でやれ。なんなら祐樹に怒ってもらってもいいんだが。呼んだらすっ飛んで来るだろうな。どうしようかなぁ。」
スマホを取り出し、俊さんが電話を掛けようとすると、雅人さんが頭を抑えながら慌て始める。
「俊さん、やめっ、ごめんなさい。ごめんなさい。もうしません。葵君には手を出しません。真面目に痛いよぉ。血出てるんじゃない……ちょっと見てくれる?」
「少し……滲んでます。」
「やっぱり。俊さん、やり方にも限度があるよ。酷いじゃん。いったぁ……」
された俺も悪かったんだし……と発言しようとしたら、目の前に小ぶりの丼が置かれた。出汁のいい匂いがする。酒ばかり入っている胃がぐぅと小さく鳴いた。
「特製の親子丼。葵君はこれ食べて落ち着きなさい。君みたいな子は雅人の言うことを真に受けては駄目だよ。食べたら祐樹に電話して迎えにきて貰うからね。」
「はい……すみません……」
口に含むと、卵の甘さが広がる。鶏肉はしっとりしていて柔らかい。ゆっくり味わうように咀嚼していると、雅人さんに対して俊さんの説教が始まった。
どうやら雅人さんは特定の恋人を作るのが嫌いみたいで、何に関しても中途半端だそうだ。本当は年配のオッサンが好きなくせに、他にも手を出したがる。いい歳こいて見境ないのは止めろと、俊さんがしきりに繰り返していた。
雅人さんみたいなオッサン好きをオジ専と呼ぶんだよと、島田が前言ってた気がする。
小さくなった雅人さんを、俊さんが正論で懇々と言い聞かせていた。
「俺だってそろそろ特定の相手が欲しいんだよ。色々試したかったの。そこにこんな可愛い子がいたら食いつくでしょう。」
「この間連れてきた同僚の先生はどうしたんだ。仲良さそうにしてたじゃないか。」
少しの間があった後、雅人さんが悲しそうに項垂れた。これは聞いちゃ駄目なやつの気がする。悲恋かな。
「…………無理だって。そんな雰囲気に持って行こうとしたら、やんわり断られた。奥さんと大分前に離婚してるし、俺のことを可愛いって言ってくれるから、慎重に距離を詰めたんだけど……結局、振られた。今でも仲良いけどぶっとい一線引かれてる。」
「前に言ってた大学の先輩は?」
「いつの話だよ。とっくの昔に別れた。もう、古傷に塩を塗るようなことはやめてよね。はぁぁ……俊さんのいじわる。俺は誰にも甘えちゃだめなの……?」
「そんなことは無いけど、人は選べよな。」
隣で涙声になる雅人さんが可哀想で、俺は思わず手を伸ばし、頭を撫でていた。
「大丈夫です。雅人さんにはきっといい人が見つかります。泣かないでください。」
「葵君……優しい……惚れるわ。俺、葵君に抱かれたい。」
「いいえ、ありがとうございます。惚れてもいいですよー。もう暫く会うことはありませんから……冗談ですけど。」
「なんか葵君の躱(かわ)し方がレベルアップしてる。もういいわ。俺をどんどんけなして、どん底まで落としていいよ。あとは起き上がるだけだ。」
けらけらと笑いながら、ビールで乾杯した。親子丼を食べたら帰る筈が、再び飲み始めることになり、更に話に花が咲いた。
そして、記憶が途中から曖昧になった。もしかしたら、気持ち悪くて嘔吐もしたかもしれないけどよく覚えていない。
目が覚めると、知らない家の布団で横になっていた。
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