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海へ出た初夏の旅10
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(葵語り)
ここはどこかな……
まだ酔いは醒めていなかった。どうやら和室のようで、井草のいい匂いに鼻をくすぐられる。
靄が掛かった頭で寝返りを打つ。浴衣のまま寝ていたらしく、肌に張り付く違和感があった。それに寝汗も沢山掻いていた。鬱陶しかった浴衣を脱ぎ、パンツ1枚で布団に包まる。裸は気持ちがいい。これで再び眠ることができると、寝の体制へ入った時だった。
スーッと襖が擦れる音がして、誰かが入ってくる気配がした。そして安眠を妨げるかのように布団越しに揺すられる。
「な、なに…………」
「よく眠れたかな。」
「…………せんせ……だぁ……」
俺を覗き込むように先生がいた。布団から顔を出すと、安心したように微笑んでくれる。心配させた罪悪感から先生の様子を伺っていると、大きな手が頭を撫でた。そして、ここは俊さんのお店の奥にある部屋だそうで、酔いつぶれたんだぞと、注意されるでもなくただ事実を伝えられる。なんか怖い。
「帰ろうか。誕生会、お前がいなくてみんながっかりしてたぞ。オヤジは特に寂しそうだった。」
「お父さんの誕生会……すっかり忘れてた。お見合いで全てが飛んでたから……」
ごめんなさい、と小さく口にすると、布団の上から覆いかぶさるようにきつく抱き締められた。何気に重くて地味な苦しさだ。
「………本当はいきなり居なくなった上に、こんなとこで酔いつぶれて、泥酔状態で寝てたから、怒りたいところだけど俺の方が悪い……先に謝るわ。ごめん。逆の立場ならもっと腹が立つと思う。」
「は、はぁ…………」
この素直な流れはなんだろう。
穏やかな声と、全く威圧的でない態度に騙されそうになる。先生は職業柄、話し方には納得させられるものがある。それに流される俺も俺だけど。
「でも、怒りたいんでしょ。」
「…………………まあな。 今はそれを抑えている。冷静に考えて誰が聞いても俺が悪い。」
それは至極当然だと思う。
「悲しかったよ。酔ってて冷静に考えられないけど、1人になったら絶対に泣くと思う。結婚したかったのかって…………」
「もう泣いてんじゃん。結婚願望とか無いから。酒くせぇな。どれだけ飲んだんだよ。」
先生は布団に包まる俺の隣で横になり、指の腹で涙を掬ってくれた。
「だってさぁ……酷くない?それなら早く言ってくれればいいのに。俺には先生しかいないけど、先生には可愛くて胸のデカい美人妻が良いんでしょ……俺、おっぱい無いし。」
「見合い相手の胸がデカいって、なんで知ってんの。」
「雅人さんが教えてくれた。うぅぅ……どうせ就職するか分かんない、ふらふらしてるなんの取り柄もない男だよ。先生なんか結婚しちゃえ。俺なんかより子供作ってパパしてればいいんだ。俺とは生きる世界が違うんでしょ。」
ああ……パパ似合いそう。いっそのこと、先生の子供として生まれたかったと感慨に浸る。この町で教師をしながら仲むずまじく美人妻と子育てをする先生が安易に想像ついた。
ところが、否定して欲しかった目の前の愛しい人は、不快そうに眉間にシワを寄せた。俺の思いは通じなかったらしく、睨むような視線が返ってくる。
「それ、本気で言ってるのか。葵は俺が結婚すればいいと思ってんの?」
強い口調で責められているように聞こえた。悪いのは先生なのに、逆ギレしてくるのに腹が立ってくる。俺がそんなことを考えてしまうくらい自分の行いが悪かったと、悔い改める気は無いらしい。
「俺はいつでも本気だよ。怒るなら帰っていいよ。今日はここで寝る。明日も電車で帰るから気にしないで。結婚でも何でもすればいいじゃん。俺は好きにする。俺のやりたいようにやるから放っておいてよ。」
暫く無言の時間が流れる。
先生は俺を見据えて、長い溜息をついた。
「…………分かった。お前も頭冷やせよ。」
そう言って静かに立ち上がり、あっさりと俺の側から離れて行った。
襖が静かに閉じられる。涙でぐしょぐしょになりながら、睡魔に瞼が再び落ちようとしていた。
そんなことないって、なんで言ってくれないんだろう。葵が大切だよって一言くれたら、俺だって素直に許すのに。先生のばかばか。
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