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熊谷家の人々11
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(葵語り)
涙で前が見えない。拭っても拭っても溢れてきて、悲しくてその場に踞り(うずくまり)たくなる。身体中の水分が目から出て行ってしまいそうだ。涙が止まらない。
俺は今まで、自分が同性しか好きになれないことを他人に打ち明けたことは無い。気が付いたら理解してくれる仲間に囲まれていて、先生という最愛の人が傍にいてくれた。
恵まれた環境だったと改めて思う。
だから、人から伝え聞くことはあっても、偏見に直接触れたことは無かったのだ。
こんなにも辛いものだとは思わなかった。
先生と俺のことを何も聞いてくれず、ただ『気持ち悪い』『人の道から外れている』と不快そうに顔を歪めたお父さんは、恐怖でしかなかった。これが世間一般の反応なのだろうか。だったら悲しい。暴力に近い嫌悪は、どうすることもできない気がした。
俺は先生が大好きで、ずっと一緒にいたいだけなのに、何故あんなことを言われなくちゃいけないのだろう。人を好きになることを、何故何も知らない人から否定されなくてはいけないのだろうか。
それが先生のお父さんだから、尚更辛い。
「……っヒック……ぐず……」
早足で飛び乗ったエレベーターは、気が付いたら上へ登っていた。最上階手前で降り、とぼとぼと病院内を歩く。
下を向いて歩いていたので、ここがどこだか分からなくなってしまった。広い敷地内でほぼ迷子状態になる。
こんな顔で先生にも会えないし、落ち着くまで座っていよう。鞄からお茶を出し、一口飲んで深呼吸をした。
まだ涙は引っ込んでくれない。思い出しては滲み出し、頰に筋で流れてくる。右手の薬指に光るリングが悲しげに光るのをぼんやり眺めていた。
こんな指輪もお父さんから見たら気持ち悪いのかな。
「何があったのかは知らないですが、あまり泣くと目が腫れますよ。お嬢さん」
「…………えっ、あ、はぁ。」
お、お嬢さん?俺が驚いて顔を上げると、目の前には俺を心配そう覗き込んでいる白衣の男性がいた。眼鏡越しの瞳がゆっくりと大きく見開かれた。
「あ、ごめんなさい。お嬢さんではないですね。てっきり女の子かと……でも男の子なら余計に心配です。人前で泣くなんてよっぽど悲しいことがあったのかな。身内が重い病気や怪我で入院とか、それとも彼女や友達でしょうか。」
いや……全然違うけど、この親切に優しく話しかけてくれる温かいオーラに、違いますとは言えなかった。
「あの……その……」
「言いたくなかったら言わなくてもいいですから。よかったらこれどうぞ。怪しいものじゃありませんから。あ、僕はここの医師です。」
手のひらにはチョコレートが乗っていた。スーパーでよく見る俺も大好きなお菓子だ。
いい人そうな雰囲気に遠慮なくいただくことにした。
ちょうど甘いものを欲していたので、そのまま包みを開き口に入れると、甘さが広がり少し気持ちが楽になる。
「葵っ……こんな所にいたのか。探したよ。GPSが移動していないから、病院内にいるとは思ったけど……帰ろうか。」
「先生………」
また涙が出てきそうになる。
以前の京都事件から、先生には俺を探索できるようになっていた。
見つけてもらってよかったと、手を引かれ立ち上がった時だった。
「もしかして……裕ちゃん?」
チョコレートをくれた男の人が、先生に慣れた口調で話しかけたのだった。
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