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熊谷家の人々14
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(葵語り)
その1週間後、俺は再び病院の前にいた。
天気が良い冬の始めの土曜日で、昼間はまだ暖かい。先生の真似して買った黒のPコートを羽織って、手には焼き菓子を提げていた。
先生のお母さん……春子さんと再会する約束をしたし、本当はそれよりも雅人さんが気になるので様子を見に来たのだ。
浮気したら家に帰ると脅したのが功を奏したらしく、先生は逐一報告してくれる。雅人さんは春子さんの様子だけでなく、先生に色々詮索していた。おまけに食事の誘いもしていて、勤務医でも当直やら決して暇ではないだろうに、ムカついた。
あと、もしお父さんに会ったら、言い方は悪いかもしれないけど、無視をしようと思う。軽い会釈をして、出来ればその場を去る。会ってしまったら逃げるしかない。
先生は期末テストが近いため、今日も明日も仕事だ。行くことを伝えたら反対されたけど、春子さんとの約束は守りたかった。先生からも、お父さんには無理して媚びを売る必要は無いから、とにかく逃げなさいと言われている。朝からひっきりなしに先生からLINEやら電話が入ってくるし、心配性なのは相変わらずだ。
『着いたよ』と先生に報告のメッセージを入れ、お守り代わりの指輪をきゅっと握って病室へ向かった。
「こんにちは、春子さん。お菓子持って来ました。お加減いかがですか?」
「葵君。もう来てくれないかと思ってた。この間は本当にごめんなさい。何回謝っても足りないわ。貴明さんにはキツく叱っておいたから……」
先週から大分元気になったようで、自ら起き上がって俺を迎えてくれた。頭の包帯も取れている。
実は、先週会った際に春子さんと携帯番号を交換しており、事件後に長々と彼女からLINEが届いていた。
俺を傷つけるために紹介したのではなく、いつまでも先生に期待しているお父さんに現実を見てもらいたかったのだそうだ。想像以上にお父さんが動揺して暴言を吐いたことに謝罪の言葉が並んでいた。
荒療治は効いただろうか。そっちが気になる。綺麗事かもしれないけど、俺は嫌われてもいいから、親子には仲良くしてもらいたかった。俺にとって先生は世界に1人だけど、先生もお父さんは1人しかいないのだ。
「ありがとう。では早速食べてもいいかしら。病院の食事だけじゃ物足りなくて。わぁ、美味しそう。葵君もどうぞ。一緒に食べましょう。」
「はい。いただきます。」
包みを開けて少女のように喜ぶ春子さんの笑顔は先生によく似ていた。
縦長のフィナンシェが箱に並んでいるこのお菓子は保存が効くように個装されている。
少しづつお腹が空いた時に食べてもらいたくてこれを選んだ。退院したら日持ちがしない生菓子をお土産にしようと思う。
「美味しい。葵君、裕樹は元気?未だにあの子が教師をやってるなんて信じられなくて、ちゃんと生徒さんを指導できているのかしら。」
「今日も明日も仕事ですが、元気ですよ。来れなくてイジけてました。先生……裕樹さんはみんなに人気があって、勉強熱心な先生です。裕樹さんのお陰で俺も大学に合格できました。かなりスパルタでしたから。」
それにちょっと……いや、かなり変態ですけどとか、口が裂けてもお母さんには言えない。
和やかに時間が経つかと思われたが、世の中はうまくはいかないものだ。
ひょっこり例の雅人さんが病室に顔を出し、俺を一瞥後、にやにやしながら近づいて来たのだった。
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