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東京レレレのレ 後
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するりと滑らかに頬を撫でられ、思わず恥ずかしくも避難の声が裏返った。鳥肌がたつのを感じて後ろに引き下がるが、相手は一歩も引く気配を見せない。片手だけだったのに、ゆっくりともう片方も伸びてきて、二つの手に顔を押さえ付けられる。
「……か、河田」
「……」
「あの…、ちょっと待っ、」
スローモーションの映像を見ているかのように、ゆっくりと近付いてくる河田の顔を見、次に訪れるであろう感触を想像して逃げようと試みるが、びくともしない。ああ、もうダメだ。諦めて目をぎゅっと瞑り、来るであろうそれを待っていると、ふ、と短く息をかけられる。自分とは違う煙草の香り、いや河田が愛吸する煙草の香りが鼻を掠めた。そろりと目を開けると、子供が悪戯を成功させた時に見せる様な表情をした河田が、此方を見据えていた。ふふ、と柔らかく笑って、軽い力で頬を叩かれた。
「なんて、ね。……まさかしないよ。返事も聞いてないのにさあ」
「…冗談止めろ」
「バカ。冗談じゃないよ。冗談じゃないけど、…いや、冗談じゃないから、今はまだしないでおく」
ぱきん、と伸ばした膝から骨と骨の間で貯まっていた空気の弾ける音が聞こえ、河田が視界からフェードアウトする。目の前に写るのは河田の膝だけ。くるりと回り、汚れた足の裏が見え隠れしながら遠ざかっていく。
「…なぁ、若松?」
「んだよ」
「今さぁオマエ、俺が何するか予想してたでしょ?」
「……してない」
「ウソつき」
まあいいけどさ、なんて声と共に冷蔵庫の開く音がする。少ししてビンの入れ物が冷蔵庫の扉とぶつかる音がして、パタンと閉じられた。少し離れた上の方で、喉を鳴らして飲む音が聞こえた。コイツ、俺が楽しみにしてたコーラ飲んでんな、なんて。今さっきの空気がまるで嘘だったかのように、いつもと変わらない思考が働く。ついでに取り返してやらねば、と勝手に体が動き河田の元へ近寄る。
「お前っ!なに勝手に人の飲んで…」
「本気になってよ。そうやってさ」
「……は?」
何言ってんだコイツ、訝しげに見つめると、さっき以上に河田の顔がぐっと近付いてきた。
「……っ!」
「目ぇ瞑ったってことは、俺がオマエにキスしようとしてること、なんとなく想像したんでしょ?しかも、本気で嫌なら逃げりゃいいのに、中途半端に逃げようとしただけですぐ諦めちゃってさ」
「そんなの、お前の力が…」
「俺、勘違いしていい?お前が俺のこと、そこまで嫌じゃないって、都合の良い様に勘違いしても、さ」
そこからはたりと止まってしまった会話。耳の奥でキーンと細く高い変な音が鳴り響く。時計の秒針が回り続ける音以外聞こえない。何か言わなきゃ、勘違いされたままで終わってしまうのに。そう頭で理解していても、どうにも身体も口も動きやしない。目の前の黒目は一段と深みを増して、実際の距離以上に近く感じさせる。何か言わなきゃ、って。何かってなんだ?何を言えば、沈静化する?
「……ごめん。そんな顔しないで」
持っていたコーラの瓶を俺の額に当てて、手ぶらな手に持たせられる。ヒヤリと冷たいそれに意識を戻せば、困った様に笑う河田がいた。
「オマエのこと好きだけど、別に困らせたい訳じゃないんだ。…まあ、もう困らせてるんだろうけどさ」
「返事は、出来るだけ良いのが欲しいけど。まあ期待はしてないから、頭の中で整理がついたら、その時教えて。」
す、と横を通り過ぎ、僅かに周りの空気が揺れた。後ろで何かが潰されて持ち上げられる音と、離れていく足音。金属のドアノブの回す音が聞こえて、やっと身体が回り口が開き、微かな声が喉から絞り出される。
「河田……!」
「大丈夫、俺いなくなったりしないから。…ちょっと散歩行ってくるだけ」
ゆらゆらと揺れて振られた手を、ドアが完全に閉まり見えなくなるまで見つめ続けた。パタリと閉じたドアの奥に、きっと河田は不安そうな顔をしている。散歩なんて、口実に過ぎない。何でもない様な顔をしといて、本当は何でもないこと無いクセに。本当は俺の返事がすぐにでも返されるんじゃないかって、不安で不安で押し潰されそうなクセに。
目を瞑っていた時に感じたのは、強がるように近付いてきた河田から、吐き出される煙草臭い息が少しだけ震えていたことだった。それだけで、どれだけアイツが本気なのかが垣間見ることができた。だからこそ、その想いを無下にすることなんて出来ないのだ、けれど。
(……整理がついたら?そんなもん、いつになるかわかんねぇよ)
最悪の自体を考えていたあの時、言われれば直ぐにでも「二度と顔見せんな」なんて言ってやるつもりだったのに。
(お前こそ、あんな顔すんなよ)
泣きそうで辛そうに笑う姿が瞼の裏に焼け付いて離れなくて、暫くはまともな考えが出来そうにない。
だって、こんな、
(唇が触れたらどうなったか、なんて考えてるのはおかしいだろ…)
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