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母と狗(2)
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「泣かないでください」と紡ぎながら――。
□■□■
次郎(じろう)と名乗った男はそのまま吉春と共に過ごした。あの小さな一軒家で。
そしてあるとき、吉春は気が付いた。次郎は人間ではないと。その証拠を、吉春はバイト帰りに見たのだ。
横断歩道の青信号のなかに突っ込んでくる車があった。そしてちょうど、次郎がそこを歩いていた。
危ないと角から駆け寄る間もなく、いましがた起きたことも理解しきれない。
次郎は車に手を翳し、そうして車を横に滑らせた。回転しながら電柱すれすれに止まる車に皆が目を見張る。
いまの次郎の姿は、纏っていたスーツ姿ではなく、宮司などが着る白い水干に袴だ。そして短い髪は腰まで伸びて煌めいており、頭には動物のミミがある。しかも、ふさふさのしっぽが揺れていた。
「神を殺める気か。愚か者が」
響くのは冷たい声だ。しかし確かに、次郎の声でもある。
「――さて。吉春を迎えにいかなくては」
その後ろ姿はほどなくしてスーツに変わった。足取りは軽く、反対側の角へと消える。
吉春はその角で息を飲んだ。
『神』と言った次郎。そして本当に、この世界には神が存在する。その姿はこの町で崇められる『狗神(いぬがみ)』そのものだ――。
□■□■
「ん……」
「吉春、おはようございます」
躯にかかる重みに瞼を押し上げた吉春は、覆い被さる次郎にはっとする。
「……じ、ろ……」
「はい」
「なに、してんだ……?」
「可愛い可愛い吉春を前にして、我慢ができるとお思いですか?」
開(はだ)けた胸元から覗く肌に、次郎の唇が当てられる。
「ちょっ、と!」
『狗神』に気に入られた家は栄え、『狗神』に気に入られた者は伴侶となると伝えられている。しかし吉春の家は栄えるどころか、母をも失った。――大好きな母を。そして生きているのかも死んでいるのかも解らない。
次郎が使う資金がどこから出ているのか定かではないが、世話になりっぱなしは嫌だと吉春は高校に入学してすぐにバイトを始めた。だが、掛け持ちをしていたバイトは次郎にやめさせられてしまい長くは続かなかった。それと同じ時期から、次郎は吉春を求めるようになった。ふざけんなと暴れていたが抵抗なんてなんのそので、情事に事欠かない。そうしていつも吉春は、次郎の腕のなかで朝を迎える。
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