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母と狗(7)
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奥に掛けられた簾は上がり、座布団が鎮座されている。刺さる視線をもろともせず、次郎はそこにあぐらをかいて、そのまま吉春の肩に手を回した。引き寄せるその耳に噛み付く。
「うひゃっ!? 次郎っ!」
「はい」
「な、なにすんだ! あ……、しっぽあったのか!」
揺れるしっぽが目に入り、吉春はそれを追う。
「ありますよ」
「って違う! しっぽ追ってる場合じゃないし! 次郎、母さんは?」
周りを見渡すが、女の姿はない。女装している男の姿はあるが。
「晴子は亡くなりました。私たちが晴子を見つけたときには、もう末期だったのですよ」
「なんで……? 会わせてくれるって、そう言っただろ!?」
「はい。言いましたね。私は吉春に希望を残しました。泣き顔は見たくなかったのです。許してくれとは言いません。殴るにしろ蹴るにしろ、好きにして構いませんよ」
優しい声が降るなかで、手首を縛るネクタイが解かれる。残る赤い痕は涙に滲んだ。
「会えないなら会えないで、仕方がないって思うのに……。なんで……ちゃんと言ってくれないんだよ……。次郎のアホ! オレがっ、次郎を殴ると、思ってんのか……っ」
泣きながら次郎の胸元を叩く吉春は、「アホだ」「バカ野郎だ」と何度も繰り返す。パタパタと揺れていた次郎のしっぽは、いつしかぺたりと床についていた。
「吉春」
涙を舐めとり、「いまから晴子の話をしますが、いいですか?」と紡ぐ次郎に吉春は小さく頷く。額に落ちる唇を払う気にもなれない。次郎は優しく笑っているのだ。こんなときでさえも。横髪を梳きながら。
「私が知る限りの話です。晴子が――」
吉春の母・晴子が恋に落ちたのは、大学生のときであった。同級生のその男は、呪術の家系である『九白』にも拘わらず、晴子の想いを受け入れた。
あの小さな一軒家は、『九白』の関係者が建て、ふたりは仲良く暮らしていた。のだが、男は事故に遭い命を落としてしまった。男の家の者は晴子を責め、晴子は自身の家から出ていった。晴子が二十二のときだ。
そして、晴子は思い出が残るあの家に住みながら呪いをかけた。『九白』に呪いを。しかし未熟ゆえ、呪いは跳ね返ってきてしまう。
これはマズイと晴子はすぐにやめてしまったが、躯は徐々に蝕まれていたのだ。吉春を身籠っていたと解ったときには、もう遅かった。
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