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その男、危険な香り05
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息つく暇もなく、聞かされた愚痴が止むと先輩は用件だけを手短に伝えそそくさと自分のデスクへと戻っていった。
要件を伝えに来たのか、愚痴をこぼしに来たのかさっぱりだと逢沢は嘆息する。
耳元で散々喚かれたからなのか、先輩が去ったいまやけに周りが静かに思えた。
再び訪れた平穏にホッと息をつくと、逢沢はお気に入りのイチゴ味の飴を一つ口に放る。コロコロと舌の上で溶かしながらふと考えた。
もう何度も考えた事だが、何度でも何回でも逢沢はこの妄想を辞めることは無いだろう。
想いを寄せる彼と、キスをしたならば一体どんな味がするのだろうか、と。
まるで女子中学生のような。夢見る男子学生のような、甘酸っぱい妄想を。
「……イチゴ味かなぁ。ふふっ」
さっきまでの疲れを癒す様に、逢沢の脳内はまるでチャネルが替わるかの様に妄想の世界へと切り替わった。
心のおもむくままに逢沢は相手にお構い無くあれやこれやと想像を膨らませていく。
それも驚く事に全てが健全なもので、年齢としては成人式を終えて立派な大人と言っても過言ではない逢沢にとって一番激しい妄想は、先程も無念な結果で終えたキスまでだ。
キス目前迄なら何度か妄想をしてきたが、現実どころか妄想の中でさえも逢沢はキスどころかその先も経験をした事はない。
そんなピュア過ぎるというよりも、経験値が皆無に近い逢沢は口の中で舌を動かし、イチゴの芳香な甘酸っぱくもフルーティな味を広げていった。
しかし鼻腔を擽るのは、味わいなれたイチゴ味だけではない。
逢沢の鼻腔を刺激するのはコーヒーの渋い匂いや、活動を忙しなく続けるコピー機から漂うインクと紙の匂い。
それから、瞳を閉じて耳を済ましてみれば様々な音が聞こえてくる。
コツコツと忙しなく歩くヒールや革靴の音。取引先への電話の為に発する余所行きの声高々な声音に、カタカタと鳴り止まないキーボードを叩く音たち。
一人、妄想の世界へ飛び込むには些か騒がしい環境。
だが逢沢はこの忙しく感じる人の気配や、他人の生活音に包まれるオフィスがお気に入りだった。
自分以外の他人を感じられる数少ない場所。
このありきたりで平凡な世界が、逢沢にとって特別なのだ。
長い間一人の殻に閉じこもり生きてきた逢沢にとって、この三年間は色鮮やか過ぎるほどの特別な時間であった。
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