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関西へ
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トップを走ると、組の中でも競争は激しい。
それは、先の高橋や山代とて同じ事。
勝った者だけが、文字通り『勝者』である。
そして、それが繰り返されようと組織が決して崩れないのは、不動のトップがいるからだ。
十年以上もそれを守る、揺るぎないトップが。
「少しは、落ちついたか……………?」
窓から注ぐ日差しが、微かに茜色に変わりゆこうとしている時間。
その日差しを浴びる、関東支部の長い廊下には、そんな揺るぎないトップが、組の子供へ優しさを見せていた。
「あ…………すみません、親父………っ」
窓際に置かれたベンチに座り、花崎は赤い目で顔を上げた。
花崎の前に立つ嵩原の手には、硝子のコップ。
久々に、嵩原の前で泣いてしまった。
こんな歳になってまで……………。
花崎は、差し出されたコップを慌てて受け取り、口へと運ぶ。
「ぅぁぷっ…………これ、焼酎のロック………っ」
しかも、濃い。
酒の強い、お父ちゃん仕様です。
「やっぱ、あかんか?……………いやァ、こう言う時、ドラマなんかでは、よう珈琲とか格好よう出すやん?ここ……………わかっとるやろうけど、酒しかのうてな…………皆、飲物取りに行ったら、俺用に濃いヤツ作ってくれたわ」
ヤクザの宴会に、ソフトドリンクなんて邪道はない。
涙と一緒に、酒を呑め。
「ムードも何もないけど、呑んだって」
愛される組長は、飲物を取りに行っただけで、組員達ハイテンション。
喜んで濃いヤツ作ります。
それを見て来た嵩原は、断る訳にもいかず、花崎を見下ろし苦笑い。
「いえ……………ホンマ、ありがとうございます。親父から巣立ったのに、よりにもよってこないな祝いの日に……………」
皆が夢見る、出世。
花崎だって大和に負けたくなくて、嵩原の役に立ちたくて、必死に走って来た。
それが、重すぎる重圧に、崩れる。
「…………………情けない」
手にしたコップの中で、揺れる焼酎へ視線を落とし、花崎は溜め息をついた。
「花崎………………」
持ち前の明るさと積極性で、度々嵩原に甘えてきた花崎の暗い顔。
この顔を見たくて、大和に付けた訳じゃない。
嵩原は花崎の隣へ腰を下ろし、自分の分の焼酎をゆっくりと口に含んだ。
「……………確かに濃いわ、コレ。お前には無理やな」
「親父……………」
楽しい酒は好きでも、強い方ではない。
好みも、いつの間にか頭に入ってる。
自分の目の前に突然現れて、土下座してから数年。
嵩原なりに、花崎には目をかけてやった。
可愛い子供である事には、違いない。
横で自分を見る花崎へ笑みを浮かべ、嵩原は優しくその肩を叩く。
「高橋や山代を意識せんでええ………………お前には、お前やないと出来ひん事がある。大和と対等に話出来んのも、その一つや。ガキん頃から、大人に囲まれて育ったあいつにとって、へっちゃらで呼び捨てにしてくるお前の存在は貴重やねん。多分あいつは、そんなお前に側にいて欲しかったんやと思う」
「俺に……………」
「ま、勿論……………お前の実力も買っての事やで?」
何だろう。
親父とは、本当に凄い。
他の誰かに言われるより、遥かに力が湧いてくる。
花崎は、隣で外からの温かい光を浴びる嵩原の言葉に、光以上の力を与えられている気がした。
温かい言葉は、こんなにも内面から人を温めてくる。
とてつもなく、有り難く思う。
「幹部の連中にも、遠慮すんな。俺の前で土下座した時の根性、見せたったらええわ。ただの不良なんかに、アレは出来ん…………あん時から、お前には見込みがあったんや」
「親………………」
ヤバい。
また、視界がぼやける。
嵩原の元を離れてから数ヵ月。
いまだに、自分を気に止めてくれてる事に、感謝しかない。
「アホたれ、泣き過ぎ」
「は、はい…………すみ………ま……せん……っ」
十年前、花崎は嵩原に一目惚れした。
偶々出会した錦戸が、当時兄の仇として捜していた轟木組の組員達に返り討ちに遇ったのを、嵩原が一人で助けてた。
素直に、格好いいと思った。
身体に電気が走ったみたいで、その日から忘れられず、どうしてもまた会いたくて………見付けた時は、もう走っていた。
ガキが、ヤクザの組長に直談判。
組員達は相手にもしなかったが、嵩原だけは聞いてくれた。
『明日、同じ時間にここへ来い』
一晩時間を貰ったが、気持ちは変わらなかった。
そして翌日、天下の組長が、言葉通り護衛も付けず待っていたのだ。
あの感動は、今も忘れない。
竜童会が、どうしてここまで大きくなったのか、そんなものは考えなくともわかる。
この嵩原が、トップにいるからだ。
「俺…………頑張ります。大和と…………親父の為に、頑張りますっ!」
花崎は嵩原の方へ力強い瞳を向け、決意を口にした。
「花……………あかん」
「は………………」
「頑張るんは、まずはてめぇの為からや。お前は、お前の道がある………………そこに、華を咲かせぇ。それが出来た時、自ずと組も盛り上がるわ」
「………………はいっ」
関東支部立ち上げ。
其々が其々に悩み、自分の新たな道を見る。
大和を筆頭に、高橋しかり、山代しかり。
それから、若手として伸び盛りの伊勢谷や、花崎。
まだまだ未熟でも、がむしゃらに前を向く。
この先に待ち受ける苦難に打ち勝つ為、前を向き、一歩の重みを味わい突き進む。
また、それは周りで見守る男達も同等。
「親父……………今、宜しいですか?」
嵩原と花崎の話す席に歩み寄り、錦戸が声をかける。
「錦戸………………」
顔を上げた嵩原が視線をズラすと、後ろには総本部長の藤原と事務局長の榊の姿。
「何や………………一緒に呑み交わそうて顔やないな」
「親父………………」
微笑む嵩原を見つめ、花崎は不安の色を覗かした。
関西の大物幹部が、わざわざ揃って出向いて来る。
それも、盛り上る会場を避けて。
何か、あった?
さすがに、そう思わざる得ない。
「すみません…………会の始まる前に話したかったんですが、時間がなかったもんで…………」
「ああ………………」
京之介が、来てしもうたからな……………。
嵩原は、申し訳なさそうな藤原達を目にし、言葉に詰まる。
そう言えば、錦戸がそんな話をしていた。
すっかり、安道に持って行かれて、忘れてました。
「……………どないしたんや、えらいしおらしい顔して……………」
「はい…………実は、関西でちょっと…………」
関西で。
「…………………あ?」
嵩原の頭に過る、安道の一言。
『話したい事が出来てな……………』
嫌な勘ほど、よく当たる。
関西。
見えない所で、闇は口を開く。
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