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強さと、弱さ
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強い姿しか、知らない。
だから、強いと思っていた。
でも、強いだけの人間なんて、本当はいない。
「なぁ、京之介ぇ…………………」
「あー?何や…………………どないしてん」
高橋が出て行き、暖かい日差しがリビングを染める、穏やかな午後。
昨日散々働いた大和は、その高橋の作って置いて行った昼食も食べ、ゆったりとした時間を過ごしていた。
食卓でパソコンを叩く安道を、正面に座り、ただひたすらボーッと眺めて…………………。
ゆったり……………………?
注:決して、サボっているのではありません。
「仕事、戻らんでええの?………………めっちゃ忙しいんやろ?」
「ああ、めっちゃ忙しいな……………………でも、仕事は出来る。パソコンとスマホがあれば、指示は出せるさかい」
「ふぅ…………………ん」
安道は、大和の問いかけにスマホを持ち上げ、笑顔で答える。
笑顔で。
またその笑顔が、とびきりイケメンである。
大和へ厳しい事も遠慮なく言うが、普段の安道はこんな風に笑顔を絶やさない、優しい男。
ただ、このとびきりイケメンが、あの父親と幼馴染みだなんて、神様は凄いコンビを作ったもんだと、大和は我が子ながらに若干引いている。
二人がつるんでいた時期を考えると、見た目からして完璧過ぎて、誠に嫌味だろう。
「なに………………俺の仕事に、興味持ったか?」
さっきから、じぃっと自分を見つめる、大和。
その様子が可愛くて、安道はパソコンを叩いていた指を止めた。
久々に、親子水入らず(いや、親子ではない)。
じっくり話をしてみたくなった。
「え…………………興味て…………」
大和はドキッとして、背筋を伸ばした。
『俺の資産全てを……………』
朝言ってた事、本気?
実業家安道の資産なんて、抱えきれる訳がない。
「俺…………………本気やで」
「京之介……………………っ」
「大和、今時ヤクザは流行らんわ」
流行らんわ。
「は、流行らんやなんて……………そんなん、俺は流行りでしとんやないし………………」
まさか、安道からソレを言われるなんて………………。
安道は、父親の一番の味方。
そう思っていた大和は、その一言にちょっとショックを受ける。
何で…………………京之介…………………。
直ぐ様聞き返したいが、返した後の返答が怖くて、咄嗟に俯いた。
耳塞ぎたい………………そんな気分。
「ぷっ…………………わかりやすっ。ホンマ、アイドルやなぁ……………可愛いわ、大和は」
長い腕を伸ばし、安道は満面の笑みを浮かべると、俯く大和の頭を優しく撫でた。
「だって、京……………………」
「流行らんけど、竜也がそこに身を置く限りは、俺はそれを守ったる」
「…………………………守ったる?」
「そうや………………せやから、俺の事業は保険や………今の世の中、ヤクザ家業だけで組員食わして行くんは、厳しい。ま、竜也は特別やから、不可能を可能にしてきたけど……………お前は、無理し過ぎたらあかん………………竜童背負うつもりやったら、困った時に俺の会社使え。売り飛ばそうがどうしようが、お前に任せる。金のなる木や思うて、俺から引き継いでくれたらええんや」
人を、抱える大変さ。
2万を超す組員の生活の為に、嵩原が力を尽くす様に、いずれは大和もその苦労を担う事となる。
安道は、そんな大和の将来を危惧して、事業を拡大し、財産を残す仕事をしていた。
「…………………京之介…………………」
なんだよ、やっぱ格好いいじゃん。
冷静に先を読む安道の姿に、大和は天才的な起業家であり実業家でもある、安道京之介を見る。
昔から、ブッ飛んだ所はあったが、父親と同じ様に、一度もガッカリさせられた事はなかった。
「大体、俺は結婚する気ィもないしな……………お前以外に資産渡す奴、浮かばんねや」
「えぇ……………京之介、結婚せぇへんの?」
と、言ってる自分も、出来ないが………………。
口が割けても、父親とデキてます………………とは、恐ろしくて、安道には言えない。
近くに置いていたマグカップを取り、珈琲を口に入れる安道を見ながら、大和は複雑な心境に陥る。
でも、明らかにモテて来たであろう安道の人生を思うと、一生独身は勿体ない。
「せんなぁ…………………忙し過ぎて、しても家庭崩壊がオチやろ。それに、竜也がお前を一人で育ててくて決めた時、あいつはヤクザの駆け出しやったし、昼夜問わず呼び出されたりしとったから、俺が支えたらなあかんて、妙に腹くくってしもうたんや…………俺のガキは、お前だけで充分やってな」
「お…………………俺だけで………………」
「ん………………お前だけでな。女が一人で子育てすんのも大変やけど、男も楽やないやん?女みたいに、ガキに対して行き届かん事も多い。男親は、倍くらいは目ぇいるで?」
だから、自分も大和の親に。
ヤクザより恐い、堅気。
安道京之介は、父親に負けない位、情深き男でもあった。
「京之介……………………凄いな………………」
当たり前だが、幼い時から側にいて、友達感覚で相手にしてもらっていた自分が、本当にガキだと痛感する。
大人って、頭が下がる。
自分の考えている事と、時空が違い過ぎてビックリだ。
大和は安道の言葉に圧倒され、だらしない口が開いたままに気付きもしない。
「はぁ?それ言うなら、多忙な組長しながらお前を育ててる、竜也んが凄いわ。俺は、単なる付録や」
安道を以て、付録。
じゃあ、自分は付録も付かない、10円ガムがいいところだろう。
親父、すげぇ。
京之介、すげぇ。
10円ガムは、味がなくなるまで噛み締めるしか、芸がない。
ガタッ……………………ガチャ。
そうやって、大和と安道が、久し振りの会話に話を弾ませていた時、リビングのドアが突然開く。
「すみません…………………ただ今、帰りました………」
「高橋………………………っ」
やや低いトーンで顔を出し、自らの地区に行っていた高橋が、大和の元へ帰って来た。
「あれ…………………何か、早よないか?帰るん、夕方になる言うてたやろ…………………」
まだ、3時。
大概、口にした予定は守る高橋の早い帰りに、大和は不思議そうに振り返る。
「あ…………………いえ…………………その、少し気分が悪うなってしまいまして…………………」
「気分……………………?」
「言われてみたら、お前……………確かに顔色悪いな。大丈夫か?」
パソコン越しに顔を上げ、安道も心配そうに話しかけた。
朝は、全くそんな素振りもなかったのに…………。
ガタ…………………………
「ホンマやな………………横になった方が、ええんちゃう?親父の部屋そのまんまやし、ベッド使いや」
高橋が体調を崩すなんて、珍しい。
大和は椅子から立ち上がり、心なしかフラつくように見える高橋に歩み寄った。
「若…………………大丈夫です。夕食の準備もありますさかい、気になさらないで下さい」
「飯なら、俺が作ったるやん…………………無理すんなや、高橋」
「安道さん……………………」
昔、嵩原に助けられた高橋へ料理を教えたのは、安道。
高橋の腕もさることながら、安道の腕もプロ並み。
親切に自分を諭す安道へ目を向け、高橋はどうしようかと考えた。
そう、考えた………………?
考えている筈なのに、考えがまとまらない。
「………………………高橋?」
自分を気遣い、顔を覗き込む大和の顔が、何故かぼやける。
「若……………………………」
若。
自分の声が、まるで鼓膜に膜が張っている様に、聞こえる…………………。
正直、自分がどうやってここまで辿り着いたか、高橋には記憶がない。
黒河を見た瞬間、意識が飛んだ。
忘れたくても忘れられない、黒河の下品な声。
あれを耳にした途端、身体中に昔の感覚が甦った。
脂ぎった肌に抱かれ、ベタついた舌に全身を舐められた毎日。
ドス黒い下半身に一晩中揺さぶられながら、無理矢理喘いでいた自分。
挙げ句の果てには、借金を返せない人間達を、保険金目当てで…………………………。
「うっ…………………………」
「高橋……………………っ!?」
おぞましい、地獄の世界。
高橋は吐き気に襲われ、口を押さえて踞った。
十数年経っている。
十数年。
もう、立ち直れたと思っていた。
嵩原に救われてから数年は、あの地獄の日々の夢をよく見ていたが、最近はめっきり減っていたから。
自分は、立ち直れたと。
勝手に、そう思い込んで……………………。
いや、もしかしたら、思い込みたかったのかもしれない。
グラグラする頭を支え、高橋は必死に気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。
でもそれは、大和達の目には、高橋が崩れ落ちていくように見えた。
「高橋…………っ…………どないしたんや…………高………」
「わ……………………か……」
関東支部が、立ち上がったばかり。
大和に、心配をかけたくない。
大和を、支えなければ。
高橋は、うっすらと頭に響く大和の叫び声に、自分の想いを重ねる。
愛する人を、守らなくては。
愛する……………………。
「………………………わ…………………はぁ…」
…………………………若。
それなのに、身体は徐々に力が抜け、息苦しさが自由を奪う。
息が……………………息が、出来ひん…………。
崩れ行く身体に、大和が腕を差し出した事もわからないまま、高橋の意識は小さな光を探す様に、遠退いていく。
光を。
俺の……………………光……………。
助けて。
「高橋ぃぃ…………………っ!!!」
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