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犠牲(やや★)
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格好つけている訳ではない。
でも……………………『この人の為なら』。
そう思ってしまう。
「………………………で?お前らは、ここへ来たんか」
「はい…………………………」
寒空に散る雨は、殊の外冷たい。
時折、大きな水しぶきを上げて走り去る車以外、辺りに変化の見えない景色の中で、大の男が四人真剣な顔で言葉を交わす。
ザァァァァァ………………………
全く緩まる事のない雨の激しさと、白い息。
それがまた、四人の間に漂う空気を引き締めた。
山代達がここへ来た事情を一通り聞いた安道は、ウールの黒いトレンチコートから煙草を取り出すと、ゆっくりと口へ運んだ。
カチ………………………
煙草に火を点けるライターの音が、やたらと響く。
瞬く間に広がる煙草の煙を眺め、安道の頭の中は、先日の大和と出掛けた事を思い浮かべていた。
「…………………………大和は、俺に任せ。あいつの行きそうな場所は、見当がつく」
「え…………………………」
「多分、高橋と同じ場所やろ」
「安道さん………………………」
大和は、あのビルの人間に会いに行った。
確信はないが、安道にはそれしか考えられなかった。
「アホたれが…………………無茶しよって」
この前も、詳しい理由を言いたがらなかったが、多分それは、高橋の為。
若頭の立場があるにも関わらず、誰にも何も言わず動いたとなれば、それは相当重い話なのかもしれない。
しかも自分達を見て、直ぐに出て来た用心棒も気になる。
直ぐに。
あんな連中が、大和を優しく受け入れる筈がない。
安道は煙草を加えたまま、遠くを見るように、少ない情報を一つ一つ繋ぎ合わせる。
「大和………………………」
大和に何かあったら………………………。
「…………………………ただじゃ済まさへん」
一番哀しむ奴を、泣かせたくはない。
静かに流れる煙と、吐く息の白さが相俟った光景が、安道の胸をギリギリと締め付ける。
どんなに相俟っても、所詮は異なる同士。
自ら堅気の道を選び、外から嵩原親子を支えて来た自分を見ているよう。
こんな時、自分も同じ道に入っていたらどんなに楽だったろうと、何度考えた事か。
何度。
「ま、考えてもしゃーない。俺は、その道をぶっ壊して無理矢理でも繋げたるわ」
それが、安道流。
この男に、他人の常識は通じない。
安道は、数回だけ吸った煙草を携帯灰皿へしまい、険しい顔で自分を見る花崎や伊勢谷へ微笑んだ。
「何て顔しとんや…………………こう言う時、お前らの親父は笑うんやないんか。天下の竜童会が、気持ちに飲まれたらしまいやぞ」
「す、すみません…………………」
無理もない。
何が起きているかもわからない上に、大和と高橋、二人共の行動が読めない。
嵩原もいない状況下で、花崎達は大切な中枢を見失っているのだから。
「安道さん、私も付いて行きます。向こうには、ウチの組員も待たせてます………………若頭や高橋さんに何かあるのなら、竜童会が行くのは当然ですよね」
そんな中、山代は一歩前に出る。
安道に対して怯む事なく、自分の考えを述べる。
自分も組を従えているのもあるからか、冷静さは秀でていた。
誰かに指示を貰う訳でなく、自分から動く事をよくわかっている。
「フッ………………………ええな、山代。ほな、お前は付いて来い。彼処は人通りもある地区や………………人数押し掛けて、警察沙汰にはさせとうないさかいな」
自分を恐れる組員が多い中で、臆する事ない山代の出方を、安道は気に入った。
自分へ歩み寄る山代の肩を叩き、同行する事を促した。
「待って下さい………………っ。俺らかて、大和や高橋さんが心配ですっ!もし危ないんやったら、少しは手が必要やないですかっ」
「せやな……………………なら、お前らはこれ持って、ここに立っとき」
「はい………………………?」
ガサッ…………………………
これ持って。
これ?
「か、紙袋………………………え?」
安道に詰め寄った筈が、いきなり両手に紙袋を抱えさせられる。
花崎は、理解し難い安道の指示に、目を丸くした。
「久し振りの親子水入らずや思うて、超とびきりのすき焼き食わしたろうと、最高級の黒毛和牛買うて来たとこやったんや。もうじき着く頃やから、帰って来たら冷蔵庫入れといてくれ」
「へ…………………………」
帰って来たら………………………て。
「親子水入らず………………………親子………………あ」
さっきまで曇っていた瞳が、わかりやすい程にみるみる輝きを取り戻す。
安道の言った意味を理解した伊勢谷は、嬉しさで細まる目を花崎へ向けた。
花崎も、その目に反応するように首を縦に振る。
「……………………あいつの事や…………………今回の件も、ある程度は承知して帰って来るんやろ。到着したら、今の話したってくれ。即、動く筈やから」
「はい…………………っ!!」
寂しい雨の景色に、満面の笑顔が光を射す。
嬉しそうな花崎や伊勢谷の姿に、山代もつい表情が緩む。
自分には大和が全てだが、やはりこの人がいるといないでは、頼もしさが違う。
「戻って来られるんですね……………………」
顔を上げれば、雨さえも希望に思える。
何もかも、流してくれる。
たった一人の男の登場が、そんな気にさせる。
「ああ!……………………戻って来られるんや…………」
親父が………………………!!
何もかも。
止まない雨が流してくれたら、どんなに幸せだろう。
『あっ……………んぁ……ぁあ………しゃ…社長…………っ』
大和の目に映る景色は、これでもかと押し寄せる哀しみと怒りに、満ち溢れる。
「………………………何や、これ」
部屋の隅の壁紙が、僅かに剥がれ、コンクリートの素肌を覗かせる。
互いに向き合う銃口。
たまに、ブゥゥゥンと言う古いエアコンが音を立てるだけの無駄に広い部屋で、大和はソファに置かれたパソコンの画面を睨み付けた。
「何って………………………見たらわかるやろ。お前さんの大事な右腕やないか」
高橋のデータを全部出せと言って、黒河が用意させたのは、これ見よがしにさらけ出す高橋の過去。
昔の自分に股がり、苦悶の表情で喘がされ、身体を揺する若き日の高橋だった。
「データを渡す前に、ホンマもんかどうか、確かめなあかん思うてなァ………………………」
眉間に皺を寄せ、奥歯を噛み締める大和の顔を、もう何年も歯科にも行ってない様な汚ない歯を覗かせ、見上げる黒河。
昔の成金は、復讐だけに神経を蝕まれ、最早自らの落ちぶれた姿までは見えないのだろう。
自分のしてきた罪を振り返る事なく、人を蔑ろにする事に、いまだ生気を求める。
「かかかかっ……………………ええのぉ、その顔。そないに高橋が大事なんか………………………おもろいわ、おもろいでぇ、若頭ァ!どんなに偉そうに言うてもな、お前は袋の鼠じゃ!クソの嵩原と裏切者の高橋を、潰す道具に過ぎんのじゃァ!!」
「黒河……………………っ!」
興奮した黒河の声に乗るように、屈強な男達は大和の腕を掴みにかかった。
まだ、拳銃は使わない。
拳銃は、大和を暴走させない為の脅し。
大和が、必ず来るであろうと見込んでいた黒河は、男達に指示を出していた。
終盤になったら、大和を生け捕りにしろ。
嵩原と高橋を誘きだす、道具として使うのだからと。
「っざけんじゃねぇ………………確かに俺は、まだまだ役にも立たへんアホガキや。でもな、ウチの親父と高橋は、最強や……………っ!てめぇみたいなクズに潰されるかァ!!」
袋の鼠。
だが、それを言われて、ノコノコ収まる大和でもない。
ガッ………………………ドカッ!!
「ぐはっ………………………」
自分に襲いかかって来た男の腹へ、大和は思い切り蹴りを食らわすと、そこから更に回し蹴りを胸部目掛けてメリ込ました。
瞬時に二発も受けた男は、一人掛けのソファをひっくり返し、勢い余って後ろへと倒れ込む。
ガタガタ、ガタァァ………………ンッ!!
部屋中に響き渡る、激しい衝突音。
伊達に、喧嘩慣れしている訳ではない。
ヤクザに成り立ての頃、からかわれた組員達相手に随分と暴れた。
そう簡単には負けない腕を持つ。
しかし、その後ろからまだ違う男が、大和へ飛びかかろうと迫る。
最初の男のヤられようから、大和が喧嘩慣れしていると見た残りの二人は、両脇からその身体を押さえに行った。
「まだ殺すんやないぞっ………………それは、餌や!傷は付けても、殺すな!」
70歳の年寄りは、ソファから立ち上がり、近くにあった拳銃を握りしめると、何を思ったか急いで窓を開けた。
「小僧っ!!貴様が暴れたら、外を歩いとる一般人を撃つぞっ!雨が降っても、これから出勤者が増えるんじゃ。いくらでも的はおる!」
「てめ……………………」
思わず怯む、大和。
見れば、夜の街を彩る女達が、傘をさし歩いてる。
繁華街の近く。
ここを通って行く人も少なくはない。
「どうするんや?あの、赤の傘の女にしようか?それとも、向こうの花柄の傘の女か?」
血走った黒河に見つめられ、大和の身体はあっという間に男達に取り押さえられた。
「一般人巻き込むんは、竜童の性に合わんわなぁ……形勢逆転や、若頭」
「くっ………………………」
形勢逆転。
外道の執念が、大和の若さに打ち勝ったのだ。
「生意気なガキが………………っ」
ガツッ………………………!
「……………………………っ」
男達が押さえているのをいい事に、黒河は大和の顔を持っていた拳銃で殴り付けた。
切れた口元から滲み出る、赤いもの。
床にポツポツと落ちる、血痕。
キメの細かい大和の美しい肌に、それは筋となって垂れていった。
「あいつらを痛めつけたら、お前なんぞ殺………」
バンッ…………………………!!
「若に手を出すな……………………っ!!」
黒河の声を遮る、強くドアを開く音と怒号。
若に。
若…………………………この声は。
耳を疑う声に、大和の顔は強張った。
「黒河……………ハァ………お前が用あんのは、俺やろ。ヤるんなら、俺にせえ……………ハ………ァ………俺を、好きなだけ痛め付けたらええわ」
少しだけ息を上げ、濡れた姿で現れた男。
「た………………………………」
「俺の大事な若に、手ぇ出すんじゃねぇっ!!」
高橋…………………………っ!!
何でも耐えられる。
この人を、守れるのなら…………………。
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