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必要な人
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俺でいいのか?
その背中へ、問いかける。
ガチャ……………………………
微かに聞こえた、ドアを開ける音。
「高橋………………………!?」
安道に促され、離れた廊下にまで出ていた大和は、少しだけ耳にしたドアの音に、慌てて部屋を覗きに入る。
「出て来たのか…………………高橋…………」
壁にもたれていた安道も、大和の焦る背中を見つめ、ゆっくり身体を立て直した。
「あ、いや…………………わからんけど……………」
けど………………今、確かにドアの音が…………………。
そう思いながら、逸る気持ちで中へ行きかけた大和の足は、にわかに止まった。
……………………………高橋?
壊された、扉の無い入口。
殺風景な部屋に広がる、倒れたソファやテーブルと、気絶した用心棒達。
近くにあった古いロープで、安道がそいつらの身体を縛り付けたが…………………それ以外たいして何もない部屋では、その背中は直ぐに目についた。
目についた……………………高橋の背中。
肩に掛かっているのは、父親のジャケット。
「高橋…………………………」
ボソッと、大和は呟いた。
と言うより、これ以上は、声が出せなかった。
「……………………………親父」
今の高橋に、自分の声は届かない。
そんな気がしたから。
小さく、震える声でそれを囁く高橋の背中は、閉め出された扉に追いすがる。
「親………………父…………………」
まるで、置いてけぼりを食らった、飼い犬。
長く綺麗な指先で扉の表面に触れ、俯く額はそこへすがる様に当てられている。
何があったのだろう。
いや、何があっても一緒かもしれない。
そこにいる高橋が必要としているのは、足を引っ張るだけの馬鹿な主ではなく、明らかに心の底まで掬い取ってくれる、父親の姿。
「……………………情けね…………………」
大和は、動けなくなった足を見下ろし、自分のちっぽけさを思い知る。
黒河の苦しみからも、自分は何もしてやれなかった。
「…………………………大和」
そんな大和を、安道は後ろから肩を組み、頭を撫でてやる。
支えてくれる手がある、有り難さ。
嵩原が高橋の事に気が向き、高橋が嵩原の事で頭が一杯な今、大和には安道がいる。
人と人との繋がりとは、何ともよく出来ているものだ。
「京…………………………」
「よう見とけ………………あの二人は、今の竜童会を築き上げた立役者や。ヤクザになって、まだ2年しか経ってへんお前には、想像も出来ひん苦労や険しい道を歩んで来とる……………遠いけど、あそこに早よう行きたい思うたら、竜也らの何十倍も努力せえ…………どの世界でも、楽な道なんぞない。何回も躓いたかて、起き上がる気持ちがあるなら、それはきっと報われるから」
顔を上げる大和の視界を、安道の笑顔が埋める。
安道も、苦労をして来た。
嵩原がヤクザの道を目指した時から、それを支えてやると決め、あらゆる知識と持ち前の回転の良さで、がむしゃらに走った毎日。
政界や財界でも名高い安道は、最早一種のブランド。
そこに行き着くまでに、安道もまた、人並みならぬ努力を重ねた。
成し遂げた男の言葉は、何よりも心に染みる。
「………………………ありがとう………………京之介」
安道の首筋へ顔を沈め、大和は必要とされてない寂しさと悔しさを噛み締める。
助けたかった、高橋を。
助けたかったけど、それが出来なかった辛さ。
そして、この時も扉の向こうで黒河と対峙している、父親。
その自分の知らない父親を、知っている高橋。
苦しい。
大好きな二人が、やけに遠くに見えた。
「は……………………ア、アホか…………………貴様。格好つけて、一人で死ね気ィか………………っ」
一方、外での出来事など、今は頭にない、嵩原。
有無も言わさず高橋を外へ出し、ただ黙って黒河を眺める。
ただ黙って。
それが、拳銃を持ち、優位な筈の黒河の心に、言い様のない恐怖を引き摺り出す。
何や、こいつは………………………。
さすがの黒河も、そう言いたくなる嵩原の静かさ。
自分を見てくる美しい瞳の中に、怖い位に感情がない。
「…………………………お前、俺がまだ関西におる思うてたんやな……………………さっき、こないに早よう戻って来るとは思わんかった、言うてたやろ」
「なに………………………」
「てめぇも、グルか…………………」
グル。
黒河も、グル。
段々繋がっていく、敵の策略。
要は、竜童会を潰す為の、これも道具。
「ナメとんの……………………その為に、人の辛い過去もえぐり出すんか」
パキ………………………
割れたタイルを踏み、嵩原は軽く一歩を出した。
「ひっ…………………きっ、貴様っ!!ワシに近付いたら、そのどタマぶち抜いたるぞっ!!」
ただの、一歩。
でも、それがとてつもない圧を生む。
銃口を向けられているのに、全く怯む事なく、無表情で自分を見る嵩原に、手がガクガクと震える。
急いで引き金を引きにかかるのだが、それもままならない程、指が思うように動かないのだ。
「な、何でやっ……………クソッ…………クソッ」
焦れば焦るだけ、額には汗が増し、膝までもが震えて落ちそうになる。
黒河は、血相を変えて拳銃を弄った。
カチカチ、カチカチと、静まり返った部屋に音を響かせ、必死に。
ガシッ………………………!!
「ぅぎやぁ………………っ」
突然掴まれた、喉元。
悲鳴ともならない声を上げ、ギョロとした目を動かすと、いつの間にか嵩原は目の前に迫っていた。
「声………………………塞いでもらおうか、なァ?」
「は、は…………………ぁがっ………んぐっぅ!?」
メリメリと喉元にめり込む嵩原の指と同時に、近くのトランクにあったタオルが、いきなりこれでもかと黒河の口の中へぶち込まれた。
「っん……………んん………………」
喉まで埋める、タオルの量。
息もまともに出来ない苦しさに、黒河は見苦しい位に手足をバタつかせてもがく。
「悪いな………………………隣にガキがおんねん。聞かせとうない声って、あるさかいな」
聞かせとうない声。
それを口にする、嵩原の恐ろしくも冷めた眼差し。
「のォ、黒河………………終わらせようや、何もかも」
キレた化け物に、止める術はなし。
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