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終わってみて知る事の方が、はるかに多い。
結局、終止符を打ったのは、嵩原だった。
組長として、親として、嵩原は全てを背負った。
雨が降りしきる、冷たいビルの中。
静かになったそこは、ひんやりと肌寒さが残る。
それでも嵩原は、自分のジャケットを高橋に羽織らせたまま、Yシャツ一枚で緩んだネクタイを締め直す。
「…………………………親父」
背が高く、肩幅があり、キュッと締まったウエストと、シャツから伝わる鍛え上げられた、エロいシルエット。
勿論、顔は言う事なし。
子供の頃からずっと、自分の父親が世界で一番格好いいと、自負してきた。
そんな父親を見つめ、大和は益々魅力を増す姿に、どこか嫉妬を覚える。
嫉妬。
そう、嫉妬。
少しでも距離を縮めたくて、息子は必死に走っているのに、父親は一瞬でそれを突き放す。
どんどん、どんどん。
どんどん突き放されて、恋人としては愛して止まない位自慢な人が、男としてはその大き過ぎる存在に、本当に親子なのかと勘繰ってしまう。
俺、あんたの子やんな…………………?
目の前で言ったら、きっとブッ飛ばされる。
「竜也………………………っ」
そうやって、モヤモヤと父親の力を目の当たりにして動けない大和の横を、安道は厳しい表情で通り過ぎる。
「京………………………」
にわかに美しい瞳を上げ、安道を見る、嵩原。
美しい。
これが、さっきまで化け物だったなんて、嘘みたいに澄んだ瞳。
そこがまた、化け物。
どうして、こいつが……………………。
嵩原の本性を知った時、どれ程それを作り上げた神を恨んだか。
安道は、微かに溜め息を漏らし、たった一人の大切な心友に歩み寄った。
「…………………………見るも無惨か?」
見るも無惨。
冗談に聞こえるが、安道の目は真剣。
嵩原の恐ろしさを、何よりもわかっているから。
「見るも無惨やな………………………」
嵩原は、然り気無く安道のコートへ手を入れ、煙草の箱を取り出しながら、それに答える。
見るも無惨。
なのに、嵩原の手は綺麗で、服には変な皺もない。
そして、血の一滴も、飛んでない。
でも、無惨なのだ。
ゾッとする。
本物の化け物とは、こんな………………煙草を口へ咥える仕草一つも、絵になる男を言うのだ。
稀に見る美しさの裏に、底知れぬ恐怖を抱える。
あの冷酷と謳われる白洲会上地丈一郎が、本気で嵩原とやり合わない訳だ。
冷酷よりも、本物の方が洒落にならない。
「なら、組員ら連れてサッと帰れ………………竜童の面子は、男前が多て目立つわ。後は、俺が片しといたるから、心配すな」
「…………………………ええんか?」
自分へ煙草の先を向け、火をねだる嵩原の顔に、安道は目を細めた。
「ええも悪いも、それが俺の選んだ道や」
選んだ道。
全ては、嵩原の為。
どんな化け物でも、守ると決めた。
カチ…………………………
安道は自らも煙草を咥え、小さな火を二人で囲んだ。
所詮は、心友と同じ。
間違ったやり方だとわかっていても、それを貫く自分がいる。
「京之介……………………親父……………………」
でも、心から通じ合う関係の格好良さ。
昔から二人を知る大和や高橋には、それがまた眩しく見えた。
いいか悪いかは別として、こう言う心友がいたら、人生は変わる…………………そんな気がした。
「ほな………………………礼は、身体で払うわ」
嵩原が口元を緩め、煙を吐き出せば………………。
「あ、言うたな?俺、勝ーパン買うとくし」
安道は咥え煙草で、Vサイン。
「…………………………抜かせ」
抜かせ。
それから、僅かに俯く嵩原の顔には、控えめな笑顔。
嵩原も、痛感してる。
自分みたいな男に、よく付き合ってくれてる…………。
「アホ…………………それ、反則」
それを見る安道は、苦笑い。
これがあるから、頑張れる。
馬鹿みたいに真っ直ぐで、馬鹿みたいに気を揉むが、妙な所は純粋。
また、放っておけなくなる。
要は、こっちの負け。
「そら……………………」
俯く嵩原の背中を叩き、安道は大和の方へその身体を押した。
「京………………………」
「お前を待っとる大和、見てられへんかったわ」
見てられへんかったわ。
「え…………………………」
「…………………………若」
その言葉に、高橋までもが申し訳なさそうに自分に注目する。
一気に浴びる視線に、大和はたまらず後退り。
「あ、いやいや……………………俺は、その……………迷惑かけただけやから…………………」
自分を見つめる父親の目が痛くて、合わせられない視線。
嵩原、安道、高橋。
とてもじゃないけど、そこに顔を連ねる自信は、今の自分にはない。
大和は目を逸らし、扉のない入口に手をかけた。
一人で帰ろう。
それくらいな、ヘコみ具合。
「コラ……………組の若頭が、一人で帰んな。お前は、高橋と帰りや」
「親父………………………っ」
有無も言わさぬ、命令。
高橋と。
こんなにも高橋に辛い想いをさせて、どんな顔をして帰る?
「高橋は、お前の右腕やろ。何、戸惑っとんねん」
「だ、だって……………………」
せめて今日くらいは、高橋は父親と一緒の方が……。
「親父……………………久々に会うたんです。どうか若は、親父とご一緒に………………」
つかさずフォローに入る、高橋。
大和の複雑な心境を悟り、こんな時でさえ高橋は主を庇う。
「高橋………………………」
それがまた、大和の胸を締め付ける。
自分は、どこまで高橋に迷惑をかけてんだ。
「あかん…………………大和は、高橋と帰れ」
鬼。
大和は、心の中で呟いた。
「………………………鬼で悪かったな」
「ぇえ…………………っ!?」
煙草片手に、自分を見据える父親の奇々怪々。
化け物って、こんなん?
ンな訳ない。
驚いた大和が呆然として父親を見ると、父親は既にこちらへ歩いて来ていた。
「お…………………親…………………」
「この手で、お前に触りとうない」
「へ………………………………」
出口へ向かう父親の、去り際の一言。
咄嗟に大和は顔を上げ、父親の横顔を目で追った。
「高橋と、ゆっくり話して帰れ……………………俺は、先帰って待っとるから」
二人にしか聞こえない、囁き。
「親父…………………………」
この手で、お前に触りとうない。
この手で。
触りたくても、触れない。
何が辛いかなんて、わかるようでわからない。
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