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気付く。
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朝、目が覚めると雪が降っていた。
通学路、既にコンクリや塀には5センチほど積もっていて、テンションがあがる。
こんな日に体育があると授業なんてそっちのけで遊びまくんのにな。あいにく今日は体育ねぇし。
教室に入ると、そう早い時間に来たわけでもないのに案外人はいなくて、ただ前の席のキモ川はお通夜かってぐらい静かに席に座ってた。
「あっ、おはよ!上谷くん⋯」
一瞬、俺を見つけた時表情がパッと明るくなった。気がする。
「⋯⋯おう」
適当に返事を返し、机に中身のないカバンを乗せて一息つくと、キモ川はまた鼻の頭を赤くさせて俺の方に体を向けて言った。
「⋯あんまり、人来てないね」
「そうだな。」
「朝、寒かったからみんな布団から出られないのかも」
ふふ、と微かに笑った声が聞こえた。
顔は、指先まで伸びたセーターで隠してて見えなかったけど。
笑った。たしかに。
「⋯お前も朝弱そうに見えるけどな。」
「うん。けど雪降ってたから、飛び起きちゃった。」
ああそうか。雪降ってはしゃいでんのか。
別に俺と話してるから笑ってんじゃねぇんだな。
「あ?お前指切れてね?」
「えっ、あ、ほんとだ」
「乾燥してんだよ。なんかクリームとか持ってねぇの」
「持ってない⋯」
うっわークソ痛そう。皮膚も弱いとかどんだけだよコイツ。
かと言って俺もハンドクリームなんて持ってるわけねぇし、と思ってたら偶然教室に入ってきた女子発見。
バリバリ化粧女で見るからに持ってそうなやつ。確か、名前は川井。
「おい!!川井!!」
名前を呼ぶと、何故か目の前のキモ川までビクッと体が揺れた。
「上谷じゃん。なに?」
「お前ハンドクリーム持ってね?」
「はぁ?持ってるけど何で」
「指切ったんだよ。こいつが。」
と、キモ川を指差すと川井の目線がキモ川に移る。
女子との会話に慣れてないキモ川はガッチガチに緊張しながら、急に女子に何言い出すんだと言わんばかりに俺の方をチラチラ見る。
「下川君?だっけ?これ結構匂いキツイやつだけどいい?」
「あっ、はい!大丈夫ですっ」
「うっわまじだ。血ぃ出てんね。痛くないの?」
「そういえば、痛い、かも⋯」
「かもってなんだよ!ウケる」
川井は、薔薇のイラストが書かれたチューブから薄ピンクのクリームをキモ川の手の甲に2cmほど乗せた。
「あー、ちょい付けすぎたわ。まあいっか。」
「あっ、ありがとうございます」
キモ川は大事そうにクリームをてのひらに撫で広げ、緊張しながらも少し嬉しそうに川井に礼を言った。
「かっ、上谷くん、ありがとう⋯」
「おー。俺にもちょっとくれや」
「え、あ⋯⋯え?」
手に広げられたクリームの、塗りきれなかった分を両手ですくいとる。
「あっ、あの、」
「もうちょい」
指の間のクリームを探るよう少し指を絡めると、キモ川は体をビクつかせて手を引っ込めた。
「あ?なんで逃げんだよ。」
「いやあの、ごめん、なさい⋯」
「はあ?いいから手ぇかせや」
奥に引っ込められた手を無理やり掴み、再び指を絡ませると、キモ川は顔を真っ赤にしながらプルプル震えてた。
「つーかお前手ぇちっちぇえな。指も細いし、このままボキっていくんじゃねえの」
面白半分で少し指に力を入れる。
痛がると思ってたけど実際は、ただぎゅっと目を瞑ってこれでもかという程顔を赤くさせて、手と手が繋がっているのを身体を震わせてまで我慢している。
その姿から、何故か目が離せなくて。
さっきのように、手が離れることのないよう強く握っていた。
「かっ⋯かみ、たにく⋯⋯手、そろそろ⋯」
とうとう涙目になって、か細い声で俺に訴える。
俺が指の力を緩めると、キモ川は即座に手を解き、セーターの袖口の奥の方にしまった。
俺がしつこかったせいか、キモ川は前に向き直りあのタコみたいに茹で上がった顔を手で覆っている。気づけば耳まで真っ赤にしていて、そういうのってなんか。
⋯なんか、好きなやつにするもんじゃねぇの。
と思ったりもした。
授業中やHRの時など、俺がこの席に拘束されてる間は必然的にキモ川と駄弁るようになる。
が、見事にコイツは俺以外の誰とも会話を交わさず、休み時間に黒板の字を消す以外はただじっと自分の席に座っていた。
「お前学校来て楽しいか?」
「⋯⋯え、」
突拍子もない質問にキモ川はキョトン顔をしてて、それから数秒俯いて黙っていた。
「なにもお前黒板消しに学校来てるわけじゃねぇだろ。他になんかすることねぇの?」
「⋯⋯。」
うわまじかよ本気でなんもする事ねぇのかよ。カワイソウ過ぎんだろ。
「⋯⋯すっ、」
「す?」
ようやく顔を上げたと思いきや、また茹でダコのような顔をして、この距離でようやく聞き取れるくらいの大きさの声で言った。
「す、好きな⋯⋯人と、会えるから⋯⋯」
視線が、徐々に逸れていく。
「⋯たっ、楽しいよ。すごく」
その時、確かに口元が緩んだのを見た。
今度は雪ではしゃいでる訳でもなく、確かに、俺に向けて笑った。
「そんなに顔赤くしてまで言うことかよ」って言おうとして、やめた。
キモ川につられてか、俺も、なんかじんわり手のひらが熱くなってきて。
胸の奥がこそばゆくて、痛くて、心地いい。
なんだ、これ。
「⋯なぁ、お前の好きな奴って、」
言いかけると、キモ川の視線が俺に向いた。
まさか、だけど。
この反応、もしかして
「あっ、あの!!ぼ、僕用事あるから、先帰るね!!」
「あ?なんだ急に」
「さよなら!!!」
俺が全部言う前に、即座に椅子を引いてカバンを取って、見たこともない速さで教室を出ていった。
俺自身、あの後なんて言うか自分でも分かってなかったし、モヤモヤするけどまあいっか。
でももし、キモ川が遮ってなかったら、俺はなんて言ってたんだろうか。
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