アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
最低な兄
-
「いつも悪いわねぇ」
脚立の下からキクさんの声が聞こえた。
「いえ、このくらい」
キクさんは同じアパートに住んでいる優しいおばさんだ。
俺らが引っ越してきた頃にはもうすでにここにいて、いろいろとお世話になったものだ。
俺の料理のレパートリーの一部もキクさんのものから来ていたりする。
キュッと電球を変えて、脚立を降りる。
「他にも危ないところあります?」
「そうね、お風呂場もお願いしようかしら。
シャワーの調子がね」
「りょーかいです」
いろいろと経験でお世話になった分、若いし男なんだからと力仕事やこういう仕事は任せてくださいと言ってある。
「ねぇあさ君」
「はい?」
「部屋にいたハンサムな男の子はお友達?」
シャワーのヘッドを取って、新しいものと変えながら、後ろからそんなことを尋ねられる。
「友達です」
「そう、よかったわね」
キクさんは知っているのだ。
俺に友達が少なかったこと。
「だからかしら」
「何がです?」
よし、とシャワーを戻し渡されたタオルで濡れた手と足を拭く。
「最近とても楽しそうね、あさ君」
「そうですかね」
さすがにキクさんの目はごまかせないか。
笑いながら応える。
「神凪、っていうんですけど、一緒にいると楽しいんですよ。あと、なんか落ち着きます」
「素敵ね」
「はい」
キクさんに隠し事はナシだ。
だってキクさんは俺の、母親も同然なのだから。
「落ち着くのは、キクさんもですよ」
「あらあら」
あさ君ったら、と笑顔で返される。
「大切な友達なら、取られないようにしないとね」
『とらないで』
「そう、ですね」
誰に、なんて言わなかった。
そんなこと、誰にもわからないから。
あぁそうそう、いいイチゴがあるの、と大量に手渡させる。
「急だったのに、ありがとうね」
「こ、こんなに…。俺の方こそ、ありがとうございます」
こんなにいらないと言っても、それを受け付けてくれないと俺は知っているから、ありがたく受け取る。
俺たちの部屋に帰ろうと、キクさんの部屋の玄関の扉を開けるとキクさんが大きな声で呼び止めた。
「あさ君」
「?……はい、」
「何かあったらわたしのところにいらっしゃい」
「ありがとう、ございます…?」
なんのことかはわからないけれど、キクさんのことだ。
きっと、みんなお見通しなのだろう。
キクさんがこんな風に言う時は、必ず何かあって、その度に俺はこの人に助けられてきたのだから。
パタンと扉を閉め、早足で俺の部屋へと向かう。
薫がいるから大丈夫だとは思うが、退屈していないだろうか。
この大量のイチゴはジャムにしようかなんて考えたり。
急いで玄関を開け、ガタタッと部屋に入る。
「?あれ」
いるはずの2人の姿が見当たらなくて、そう広くもない部屋を見渡す。
「ーやだっ!」
そう聞こえた声に、慌てて寝室のドアを開けた。
「ーなに、やってる神凪」
目の前に広がるのは、不思議な光景。
ベットに寝ている状態の薫と、その上に覆いかぶさるようにいる神凪。
「あ、あさにぃ!」
「っ薫!」
呆然と眺めていた光景に薫の声が響いて慌てて駆け寄り神凪と薫を離した。
あさにぃ、と抱きついてくる薫を抱きしめ返しながら神凪を見やる。
戸惑いと、怒りと。
「神凪」
「……」
「お前なにしてる」
「あ……咲田、」
「お前、俺の弟になにしてる!」
つい荒げてしまった声に、神凪は押し黙った。
なんでなにも言わない。
なんで否定しない。
なんで、その声で呼ぶ俺の名は亜沙樹じゃない。
ジッと見つめるその瞳はなにを訴えているのだろう。
「あさにぃ、も、いいから…」
「黙ってろ」
薫の言葉を遮ったのは、薫の優しさで神凪を許さないため、なんかじゃない。
ただただ、聞きたいのだ。
その理由を、お前の口から。
「……」
けれどなにも言うことはない神凪に、カチンと頭にきた。
「出て行け」
「……、咲田」
「出て行ってくれ神凪」
問いただしたかった。
なにしてるのかと、なぜこんなことしたのかと。
なぜ、否定してくれないのだと。
俺はお前を、信じたいから。
今まで過ごした時間を俺は否定したくないから。
「薫に2度と近づくな」
けれど。
けれど俺は、薫が、弟が大事だから。
俺は兄だから。
「俺たちに」そう言うべきだったのに、薫だけに限定したのはなぜだろうか。
薫には近づいてはダメで、俺はいいのだろうか。
それは、薫の傷つくことなのではないだろうか。
パタンと扉が閉じる音に、ハッと我に返った。
「神凪は、……」
「出てったよ」
ぎゅうっと俺に巻きついた腕の力を強め、薫は俺にしがみつく。
「ありがと、あさにぃ」
「……」
「やっぱり、僕あさにぃがいないと生きていけないや」
「かおる……」
力なく笑ったような薫の体を、俺は抱きしめられなかった。
「ありがと」
もう一度繰り返された言葉に、グサリと心臓をえぐられたような気がした。
気づいて、しまった。
「……ごめん」
「んーん、いーの」
ごめん、ごめんな薫。
俺は………、
最低の兄だ。
何よりも大事なお前を襲った神凪を俺は、信じているのだから。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
30 / 92