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黒田への返事
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話しがしたいと送ったはいいものの、黒田からの返事は一向に来なかった。スマホの画面に表示される時刻が18:00になっても、20:00になっても返事は来ず、22:30を過ぎたところでソファに座っていた俺の意識はついに眠りの中へと引きずり込まれてしまった。
意識が浮上したのは、微かに何かの音が鳴ったのが聞えた気がした時だった。ぼんやりと目を開けるとピンポーンという音が聞えて、ようやく音の正体がインターホンなのだと気付いた。のそのそと玄関に近づいて行くと、今度はノックの音が聞えた。返事をしてみると、扉の向こうから聞えてきた声は黒田のものだった。
「すみません!雪下さん!」
「え?あぁ、うん」
玄関の向こうに立っていた黒田は、俺の顔を見るやいなや勢いよく謝罪してきた。そういえば、そうだ、話しがしたいって呼び出してたんだった。寝ぼけてて今思い出した。
「携帯見たの、バイト終わってからで……すみません、もう寝てましたよね」
「いや、ソファでうとうとしてただけ。もしかして電話とかくれた?」
「はい、びっくりして、慌てて」
「……走って来たの?」
汗びっしょりで息を上げている黒田は、俺の問いに対して必死で首を縦に振った。
「とりあえず、上がって」
黒田を部屋の中に入れた後、紅茶を淹れるからと伝えてソファに座らせておいた。キョロキョロと部屋を見回す黒田を横目に見つつ、俺は棚から茶葉を取り出して紅茶の用意に取り掛かった。マリアージュのマルコポーロ。人気の高いフレーバーティー。黒田が気に入っている……と思う紅茶。他の紅茶を飲ませた時よりも反応がよかったから、気に入っている……筈。
紅茶を準備しながら、なんだか、じんわりと変な気持ちが浮かんでくるのを感じた。なんだ、これは。そんなに黒田が来てくれたのが嬉しいのか、それとも、そんなに黒田とまた紅茶を飲めるのが嬉しいのか。恋する乙女かよ、俺は。自分のキモさに寒気がしてきた……。
「バイトって……体調大丈夫なの?」
「はい、もう全快です」
「明日バイトは?」
「明日は何もないです。雪下さんは仕事ですか?」
「うん。あ、でも大丈夫、時間とか何も気にしなくていいよ」
謝罪しようとした黒田の言葉を遮り、顔に笑みを貼り付けて紅茶を持って行った。こうやって黒田に紅茶を出すのは久しぶりだ。黒田が気に入っているであろう紅茶を淹れるなんて、これだと1人で浮かれているみたいで嫌だ。
「あの、雪下さんに紅茶淹れてもらうのって、久しぶりですね」
「うん。……マリアージュのマルコポーロ、黒田君、気に入ってたでしょ」
黒田は驚いたように俺を見てきた。あれ、違った?と聞いてみると、黒田は首を大きく横に振った。どうやら、俺の推測は合っていたらしい。よかった。笑顔で紅茶を口にする黒田を見て、俺も紅茶を一口飲んだ。甘くて優しい香り。美味しいけど、やっぱり俺はアッサムのミルクティーの方が好きだ。……じゃなくて、俺は話しがしたいと言って黒田を呼び出したんだった。目的は紅茶じゃない。つい忘れるところだった。
「俺さ、黒田君に避けられてる感じがして、ずっと嫌われてると思ってたんだよね」
「それは……すみませんでした」
「だから、また紅茶飲めて嬉しい」
「……俺もです……」
「一昨日は、いきなりキスしてごめん」
「い、いえ!大丈夫です」
「それで返事、なんだけど」
「!!あ、はい……」
話しの流れを考えずに切り出した内容に、黒田は緊張した面持ちで姿勢を正した。あぁ、俺まで緊張してきた。黒田の顔を見れなくて、俺は手の中のティーカップに目線を落としたまま口を開いた。
「……よく分からないんだ」
「は……、え?」
はいと言いかけたらしい黒田が、素っ頓狂な声をあげた。
「えーと……黒田君のことをそういう意味で好きなのか、自分でもよく分からなくて、……一昨日確認したくてキスしてみたわけなんだけど……それでもまだ分からないんだ」
「は、い」
「正直言って、その、男同士だし……自分が男と付き合うってけっこう抵抗が……」
「はい……」
「それに、覚悟とか、責任とか、そういうの考えられてないし」
恐る恐る目線をティーカップから黒田に移すと、俺を見る黒田と目が合った。
「だから、あー、その……4月までの1か月半……じゃだめですか」
「……、……え?」
「だから、1か月半、付き合ってみて、答え出すのは、ダメでしょうか……」
「え、あの、それって……。……俺、振られてないんですか?」
じわじわと顔に熱が集まるのを感じながら、俺はぎこちなく頷いた。あー、恥ずかしい。自分でもアホなセリフだと思う。地獄だ。羞恥地獄。穴があったら入りたい。というか、黒田にじっと見られすぎて、穴に入る前に俺に穴が開きそう。寧ろ俺が穴になりそう。
「お試し期間、ですか」
「……うん」
お試し期間。それだ、それが言いたかったんだよ。
「あの、1つ聞いていいですか?」
「……どうぞ」
「俺とキスしたとき、気持ち悪かったですか?」
……何聞いてきてんだ、お前は。
少し目を泳がせた後、首を横に振ると、黒田が少し近づいてきた。やめろ、これ以上近づかれると心臓に悪い。ただでさえ緊張してるのに。心拍数が上昇しすぎて心臓が破裂する。お前の顔怖いんだよ!そう、お前の顔が怖いから。だから、こっち見んな、来んな。
「あの、もう1つだけ……聞いてもいいですか?」
「……何?」
心拍数が上昇しすぎて頭が痛くなってきた。
あぁ、もう駄目だ。俺はこいつに殺されるんだ。病名は黒田病。心臓まで浸食されて、いつか心停止して死ぬ。
「今……キ、スしても、いいですか?」
「…………どうぞ」
俺はティーカップを握りしめたまま静かに目を閉じた。
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