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クレーマー黒田
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4月。あの恐怖の日から1か月が経った。時が経つのはあっという間だ。
隣の部屋に住む黒田なんとか(下の名前は聞いたような気がするけど忘れた)という男は、どうやら俺が思っているよりも悪い人間ではないらしい。越してきた時は、わざわざ挨拶品を持って挨拶に来たし、言葉遣いも態度も良かったし、それ以降顔を合わせれば必ず挨拶してくるし、俺の知る限りで近所迷惑になるような行為は全くしてない。意外と常識のある人間のようだ。
とりあえず、総合的に見て害のある人間ではなさそうだからいいや、と思っている。
……いるのだが、それでもやっぱり怖いものは怖い。
それに、この前また恐ろしい思いをした。
あの日、出勤のために家を出ると、ちょうど黒田がゴミを出していた。相変わらず金髪にピアスの豊作祭り開催中だった。俺は、いつも黒田の方から挨拶をしてくるからたまには俺からも挨拶してみるか、と思い立ち、初めて俺から挨拶してみた。すると、黒田はあのつり目を少し見開き、何とも言えない表情で一瞬固まって、ぎこちない笑顔で挨拶し返してきたのだ。あの時の緊張感と言ったら無い。俺はビビりにビビって、そそくさと逃げるように出勤した。なんだろう、あの時俺何かしたんだろうか。今思い返してみても全く分からない。挨拶しただけなのに。え、挨拶するのって普通ですよね。それとも、黒田は自分から挨拶するのが好きで好きでどうしようもなくて、とにかく自分から挨拶しないと気が済まない人間なんだろうか。何それ。
そんな黒田が、再び1か月前と同じように俺の前へ現れた。
家に泊めたセフレを帰して十数分後、インターホンが鳴ったので、セフレが忘れ物でもして取りに戻ってきたのかと思って躊躇なく玄関を開けてしまった。あぁ……なんという事だ。なんというデジャヴ。開けた直後にやってしまったと後悔した。
悪魔降臨である。ところが、当の悪魔はうつむいて「あのー」とか「そのー」とかブツブツ言っている。何かを召喚する呪文だろうか。
なんだろう。何をしたんだ、俺。まさか、やっぱりこの前の挨拶で何かやらかしていたんだろうか。怖い。本当に身に覚えが無いんですけど。
「あの、黒田君」
「は、はい」
「どうしたの?何か用事?」
出来る限り優しい声で尋ねると、黒田は顔を真っ赤にしながら後頭部を掻いた。何を照れているんだ、こいつは。さながらゆでだこ状態だ。耳まで真っ赤……あ、耳にウジャウジャあったはずのピアスが今日は1つも無い。
「その、ですね……女性の、声が……」
「は?」
耳に気を取られていて聞き逃した。まずい。しかも、素で「は?」とか言ってしまった……。だが、黒田はそれどころではないようで、真っ赤な顔で目を伏せたまましどろもどろに話した。
「女性の、あ、喘ぎ声が……」
「あ、あぁ。喘ぎ声……。ごめん、うるさかった?」
「えっと、……ちょっと……」
どうやら、セフレの喘ぎ声が隣の部屋まで聞こえていてうるさかったらしい。という事は、前回も隣に丸聞えだったわけだ。うわ、この子声でかいなとは思ってたけど、隣に聞こえてるのは気づかなかった。これだけは、素直に申し訳ないと謝罪するしかない。
「本当にごめん。これからは気を付けます」
「いえ、あの、彼女……ですか?」
深々と頭を下げると、意外な質問が降ってきた。頭を上げて黒田の顔を見ると、顔は真っ赤なまま眉間にシワを寄せていた。赤鬼のようだ。
「いや、さっきのはセフレ。彼女はいない」
「あ、そうなんですか。あの、すみません、変な事聞いて……。それと、なんかクレームっぽくなっちゃって……」
クレームっぽくというかクレームだろ、というツッコミは飲み込んで再び丁寧に謝罪すると、黒田はようやく笑顔を見せて部屋に帰って行った。
……殴られなくてよかった。
しかし、なんだか、意外だった。黒田のあの見た目からして、セフレの1人や2人いるんだと思っていたのだが。終始顔を真っ赤にしてしどろもどろに話していた様子からすると、違うのだろうか。……だとすると、黒田は実は物凄く純粋だったり、硬派だったりするのだろうか。確かに、最後の笑顔は純粋そうというか、人懐っこそうというか……、男に対して言うのもなんだが、可愛らしい印象だった。やっぱり、人は見た目で判断しちゃいけないって事か。
部屋に戻ってスマホを手に取ると、さっき帰ったセフレからのメッセージが入っていた。黒田の真っ赤な顔を思い出しながら、俺は、次からは家ではなくホテルでしようと決めた。
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