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81接待
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「今済様の奥方、こちらにて旦那様がお待ちになっております」
座敷の外から、よく知った、邦之の声が聞こえた。
来た……
身体に緊張が走り、背筋が無意識にピンと伸びる。
ちらりと横目で葉月さんを見ると、全く動じていなかった。
真っ直ぐな瞳が、障子の向こうを見据えていた。
その凛とした綺麗さに見とれていると、障子の開く音がした。
「ようこそおいでなんした」
葉月さんは優美な仕草で、手を畳について深く頭を垂れた。
少し遅れながら、俺もしっかり奥方に挨拶する。
「どうぞ、今済はんのお隣に座りんせ」
顔を上げながら、入ってきた奥方を伸之介さんの隣に座ってもらうように促した。
「お初にお目にかかります。珠蘭屋が花魁、葉月。よろしゅう」
名乗った葉月さんは奥方に向けてもう1度頭を下げた。
「何時も主人がお世話になっているようで」
伸之介さんの奥方も、気品溢れる方で、あからさまな敵意は向けてこないが、座敷のあちこちを観察している。
「そちらの人は?」
奥方の視線が俺に向けられ、少し心が焦る。
「この子は『紫綺』。わっちの愛弟子の振袖新造です」
「し、紫綺です。ようこそおいでくださいました」
葉月さんが気を利かせて俺に振る舞いやすいようにしてくれて、俺は出来るだけ自然な感じで頭を下げた。
「さて、何かお食べになりんすか?」
「そうねぇ…。ここの物は美味しいと主人から聞いたわ。まずはお刺身でも貰おうかしら」
「紫綺、外に邦之がいるから頼んでおいで。酒もな」
「はい」
俺はスっと葉月さんの隣から離れて、座敷の出入口の隅の障子を開けた。
音に気がついていたのか、邦之がこちらの様子を伺っており、聞く準備が出来ているようだった。
「邦之、お刺身とお酒お願い」
「あぁ。分かりました」
邦之は頷くと、すぐに俺に背を向けて水場の方へ歩き出した。
……と思ったら────
「楓!?」
「へぁっ?あ、え、うん、」
勢いよく振り返った邦之に驚き、俺は少し声を上げてしまった。
けれど、後方からは話し声がしているため、俺の声は聞かれていなかっただろう。
邦之はこちらに戻ってきたかと思うと、まじまじと俺の顔を見た。
「気が付かなかった……。その、なんだ……今済の旦那のとこに付く裏方ってお前の事だったんだ……」
心做しか、邦之の頬が赤い。暑いのかな。夏だし。
どうやら、伸之介さんの奥方がいらっしゃって、それに裏方が付くことは話題にはなっていたらしいが、誰が、とまでは広まってなかったようだ。
邦之の虚をつかれたような表情はどこか見慣れなくて面白かった。
「紫綺、何しておる。はよしんせ」
「あ、はい。じゃあ宜しく頼むぞ」
「ああ……」
邦之は少しぼーっとした様子で、くるりと背を返して水場の方へ去っていった。
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