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58表情
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如月さんの座敷を片付けるべく、俺は直ぐに見世に戻る。
「あ、楓」
「卯月さん」
朝からあまり会わなかった卯月さんに、別館に行く途中の廊下で声をかけられた。
「さっき、最後の大尽を帰したとこなんだ。」
「……狭間の旦那ですか?」
「あぁ。」
卯月さんの表情は少し疲れが出始めていた。
「…あ…楓、もしかして狭間と会ったかい?」
いきなり焦った表情になったかと思うと、勢よく俺の肩を掴んだ。
昨日のようなことが無かったか、と目で訴えられる。
「……少し?」
それに気圧された俺は濁しつつも、『会っていない』とは言えなかった。
「何処で!!何かされた!?」
「き、如月さんの大尽に傘を届けた帰りに……」
「触られた!?」
「腰だけ……」
「ごめんっ…」
言葉と同時に、卯月さんに強く抱き寄せられる。
「怖かったでしょ…。ほんとにごめん。」
「だ、大丈夫です。助けてもらったので……」
「誰に」
卯月さんの気持ちを抑えようと、発した言葉に強く反応した。
「如月さんの大尽……えと、土方さん……に……」
「土方……。」
卯月さんの、抱き締める力が一層強まった。
「くるし……」
「あっ、ごめん……」
その言葉に、卯月さんは慌てて俺を離した。
「まぁ、今回は土方がいて助かったかもね。」
ポツリと、不満そうだが仕方が無い、といった表情で俺の頭を撫でた。
「あれ、ていゆうか…如月と知り合ってたのか」
「あ、はい。今日の朝に若虎と……」
『卯月さんとの恋仲説で言いあってて……』
「く、口喧嘩しているところを仲裁してくれて……」
流石にここを濁さなくては怪しまれてしまう。いや、濁し方にもよるのだが……。
「ふぅん……。若虎と口喧嘩……。親しくなったもんだね」
納得したように頷いた後、微笑みを浮かべた。
「……卯月さんは……表情が豊かですよね」
ポツリと、そんな言葉を投げかけていた。
「……初めて言われたよ、そんなこと……」
間の抜けた表情になる卯月さんは直ぐに口元に笑を浮かべる。
「俺は結構『冷たい』とかよく言われるから、人もあまり寄り付かないんだよね」
……そんなことないと思うけどなぁ……。
笑顔が素敵で、美麗で優雅で、卯月さんの好きなところは、挙げればキリがないのに。
「俺は、卯月さん大好きですよ」
俺は何を意識するわけでもなく、心から思ったか事をそのまま口に出した。
俺は思った事を直ぐに口に出してしまうことが時々ある。それがどんな状況であれ、口は滑るものだ。
「……楓の好きは……。…いや、そのままの意味で受け取っておくよ」
何かを言いかけた卯月さんは頭をふり、俺の頭を撫でる。
「?」
「ほら、座敷の片付けがあるだろう。いっておいで」
そうだった!!
如月さんの座敷にはまだ戻っていなかったんだけっけ。
俺は卯月さんに『失礼します』と一言詫びて、別館の座敷へと足を早めた。
*************************
楓の背中が廊下の角で消えた頃、卯月は玄関から裏庭に向かう。
大きな池の近くの縁側に座り、懐から煙管を取り出す。
如月ほど始終吸うわけではないので、汚れも左程無い、金先に口付ける。
同時に懐から取り出したマッチを一瞬で付ける。
「ふぅ……」
星が瞬く紺色の宙に紫煙を吐き出す。留まることを知らない紫煙は空気に流れて消えていく。
「楓の好きは…」
あんな年下の少年に数日で愛着が湧くなんて、自分らしくない。
自分と楓の好きのすれ違いがこんなにも苦しいものだとは……。
流れてきた雲は、綺麗な月を隠してしまい、卯月は残りの一服を肺へ流した。
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