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「じゃああとはよろしくね、天原くん。バイバイ、春陽」
「いって……らっしゃい」
「うん、行ってきます」
あの後、灰吏さんが突然吹きだした父さんの頭をまるであの黒い虫を叩き潰すが如くたたきつけたのも衝撃だった。
あの後の灰吏さんの表情からしても、多分深く考えてなかったんだと思う。
実際悪いのは父さんだし、いくら色々適当なあの人でも自分が悪いって分かってるから怒るはずもないんだけど。
▽
エルの家は家からそんなに離れていないから灰吏さんも歩いて……というか走ってきたみたいで。
さっきまでの感情が高ぶりに紅く火照った頬に、夜風が当たって気持ちいい。
言葉もなく歩く2人の間を冷たい空気が抜けていく。
「貴方はどれだけ私を心配させたら気が済むんですか」
静かな空気に、灰吏さんの問がふわりと溶ける。
「最初に天界に行くということになった時だって、私は気が気ではなかったのですよ。あそこの恐ろしさは、よくわかっているつもりですから」
それは父さんにも言われた。
天界が、恐ろしいところだって。その本当の意味は未だにわかってないけど、でもふたりがそう言うってことはそうなんだろう。
「春陽、申し訳ありませんでした」
「え?」
突然の謝罪に戸惑う。
だって謝らなければならないのは明らかに僕の方で、灰吏さんはなにも悪いことなんてしてないのに。
「弟と絶対に会うことが出来ない。あの時の私には、貴方しかいなかった。貴方だけが私のすべてだった」
歩きながら少しづつ、少しづつ、灰吏さんの言葉が紡がれる。
それに耳を傾けているうちに、気づいたら街でも大きな公園の中に入っていて。
「こんなことを言ったら言い訳がましいかもしれない。でも、少しだけ、付き合ってください」
ブランコに腰掛けた僕に、拒否権はない。
これが普段はなにも話してくれない灰吏さんのことを、知る機会だと思った。
「私はかつて、天界の戦天使課で働いていました。両親は幼い頃に魔族との戦いで亡くなっていたので、ウリエラと2人、生きていくために」
今まで他人の口からしか明かされてこなかった過去が、改めて本人の口から語られることで、大きな意味を持つ。
「最初の頃は、いくつもいくつも、大切なものを抱えていきました。ウリエラはもちろん、同期たちや他にもたくさんの希望を。でもそれは、半年も経たないうちに、半分以下になっていた」
拳を固く握りながら、それでも話を続けようとする灰吏さんは、見て痛々しかった。
でも今じゃないと聞けない、そんな気もした。
「そこで私はようやく理解したんです。私の腕は、全てを守りきれるほど広くないのだと。大切なものを、一つ抱えるのも精一杯なのだ、とね」
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