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飲み方
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結局仕事はそんなに捗らなかった。灰吏さんのことが、頭をずっと回ってたから。
迎えに来た彼の運転で、僕は料亭へと連れていかれる。思えば木村さんと食事に行く時は、いつも料亭だった気がする。
和食が好きなのかな。
そうだ、こんど父さんにあったら聞いてみよう。少しずつ、仕事の上で必要なことは覚えていかなければ。
「もうすぐ到着します」
手持ち無沙汰の前に、窓の外を眺めていた僕に声がかけられる。その声が心做しか冷たく聞こえた。
料亭の前で車から降ろされる。
再び運転席に戻ってしまった彼に、少し心細くなる。昼間は、全然大丈夫だったのに。
やっぱり一緒に……そう口を開きかけたところで、しかし彼の方が僅かに早かった。
「頑張ってください、春陽。私は当初の予定通り、車で待機しています。何かあったら、連絡してください。……大丈夫です。あなたなら、できますよ」
車の中から伸ばされた手は、僕に触れることなく戻っていく。頭に触れるか触れないかで止まったその動作は、きっと朝必死に整えた髪が崩れるのを心配してくれたんだろう。
”あなたならできますよ”
その言葉で沈んでいた気持ちが一気に上がっていく僕は現金だ。
「行ってきます」
若干の寂しさを感じながら、灰吏さんに告げた。送り出してくれる彼も、珍しく心配を隠せずにいた。
慣れ親しんだ、とまでは言わないものの、何回か足を運んだことのある風情のある料亭が、今日は天界のタワーレベルに高くそびえて見えた。
「御門様、木村様がお見えです」
声がかけられた僕は、なんとなく背筋が伸びる。開いた襖から覗くのは、質のいいスーツを着て、きっちりと髪を整えた男性。
何度か一緒に食事をした、うちと取引のある大手の商社の社長。
「おや、今日はおひとりですかな。御門さん」
人の良さそうな笑みを浮かべて、親しげに話しかけてくれたその人に、僕もまた笑みをかえす。
ほら、やっぱり心配事なんて何も無い。灰吏さんに連絡することもなさそうで、僕はホッと一息ついた。
食事もお酒も、そして話も進む。
今日はなんだかいつもよりもお酒のペースが早い。もともとそんなに強くないし、飲み慣れていないから、自分の加減がよくわからない。
あぁ……なんか……ふわふわする。
「いやぁ、御門さんにはさぞ美しいお嬢さんがいらっしゃるのでしょうね」
”お嬢さん”ね。そういえば考えたこともない、ような気がする。
「いえいえ、そんな。今は仕事が楽しいのでそこまでは手が回らなくて……」
恋愛の話は元からあまり得意じゃない。冬夜のこともあったせいか、外に出るのがあまり好きではなかったし、女性というものに免疫がない。
実際彼女はいないわけだし、仕事も本当に楽しい。だから嘘じゃない、多分。
言い訳がましくこんなことを考えるのは、きっと今はここにいない彼のせいだろう。
「またまた。謙遜なさらずとも大丈夫ですよ。私も貴方ぐらいの年の頃はそれはもう遊んでましたからな」
調子よく笑い出した目の前の赤ら顔は、完全に酔っ払っていた。それに返す僕の作った笑顔も、きっと引きつっているんだろう。
話の中にねじ込まれるようになったセクハラまがいの言動に、どう対処したらいいか分からない。
こんな時に灰吏さんがいてくれたら。
はたと携帯を指でなぞっていることに気づく。
もう迎えに来てもらって帰ろうかな……。
「ささ、もう一杯」
笑顔で勧められる酒を断りきれずに、口をつける。
その時、視界がぐらりと揺れた。
歪んだ視界の端に、黒い笑みを浮かべた木村さんが映る。それを頭が認識する前に、暗闇の中に放り出された。
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